みえる彼らと浄化係

橘しづき

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異変

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 私がそう言うと、二人が驚いたように目を見開いた。私は俯いたまま言う。

「正直に言いますと、三石さんたち以外の人が怖い思いをしようがどうなろうが、全く興味はないんです。ただ、あそこにいる人たちはあんな苦しい思いをして亡くなったまま、何十年も彷徨ってるんだって思うと……早く楽にしてあげたくて」

 廃ホテルで西雄さんの霊が浄化されるとき、とっても穏やかな顔をしていたのが印象的だった。傷だらけの顔が元の綺麗な顔になって、安らかに微笑んで……。

 あの時私が会った少年も、同じようになってほしいと思ったのだ。熱くて苦しくて、顔がひどく焼けただれてしまったあの子も、楽にしてあげたい。勿論、あの子だけではなく、そのほかの人たちみんなも。

「だからその、暁人さんに除霊を」

 私が言いながら顔を上げると、二人がとっても優しい目でこちらを見ていたので驚いた。それはもうこっちが恥ずかしくなってしまうほどの表情で、つい体が強張った。

「あ、あの?」

「遥さんってやっぱり凄く優しい人なんだなあって感心してたところ」

「同感ですね」

「ととととんでもない、お二人の方が優しいし気遣い出来るしイケメンでもう」

 首をぶんぶん振って否定した私を小さく笑った後、暁人さんが穏やかな口ぶりで教えてくれた。

「その件に関しては大丈夫です。あの周辺の人たちに、除霊師を紹介しておきました。ちゃんと力があって、それでいて法外な料金を請求しない除霊師をね」

「あ、そ、そうなんですか!」

 顔が熱くなってしまった。そうだよね、あれだけ優しい二人が、あの状態の霊を放っておくわけがない。私が心配するまでもなく、きちんと対処してくれていたのだ。

 柊一さんはいまだ笑いながら言う。

「まあ、三石さんたちの家が引き寄せ役じゃなくなれば他の家には怪奇現象が頻発するだろうし、さすがにみんな今度はちゃんと除霊しなきゃって思うはずだからね。僕らも汚い大人たちはどうでもいいけど、そらちゃんや霊たちは別だと思うからさ。まあ最初の詐欺師みたいな除霊師にいくら請求されたか知らないけど、結局三石さんたちに引っ越し代とか色々請求されて、また除霊師にも料金を払ってって考えると、中々の出費になることは間違いないよね」

「初めから柊一さんたちみたいな人とちゃんと出会えてれば、こんなことにならなかったのに」

 怪奇現象が起こる家を買ってしまったのも、ぼったくりの除霊師に当たってしまったのも不運ではあるが、もう一歩進んで調べてみれば、あっさり片付いた事件だと思うんだけど。

 でも、まあいいか。私はほっとする。

「あの霊たちが救われるならそれでいいです。あとは弥生さんが元気な赤ちゃんを産んでくれれば!」

「そうそう、次家を買うときは、下見を頼むって言われたよ。もうこりごりだから、怪奇現象がない家を買うために僕たちに力を借りるって」

「あは、間違いないですね!」

 私は笑った。だが、どうしてもすっきりしない部分はある。

 今後、あの土地は暁人さんたちが紹介してくれた実力のある除霊師により、浄化されまっさらな土地になるだろう。怪奇現象も起こらなくなる。三石さんたちが売りに出した家はいずれまた誰かの手に渡る。

 自分の家の周りの人たちが、あんな人間だということも知らずに、誰かがまた暮らす。

 私にとって、一番恐ろしいのはそれだと思った。

 にこにこ笑顔で近づいて、裏で何をしているのか分からない。人間とは、死んだ人とはまた違った恐ろしさがある。





 食事を終えた後、柊一さんはこれから用があると言って、一足先に帰宅した。柊一さんに用がある、というのが不思議だった。なんていうか、おにぎりと仕事にしか興味なさそう。お隣だけど、普段どんな生活をしているのか全く想像がつかない。なんとなくずっと寝てそうなイメージなんだな。失礼かな。

 暁人さんと二人になり、私は注文したデザートを食べていると、彼が白い封筒を差し出してくれた。

「井上さん、とりあえず今回の仕事の報酬を」

「あ、ああ! ありがとうございます!」

 受け取り頭を下げる。そして申し訳なくなって眉を顰めた。

「てゆうか、今回は浄化の仕事もなかったし、ほんと何しに行ったんだって感じですよ。お給料頂いちゃってすみません」

「何をおっしゃるんですか。あなたの貴重な時間を使わせてもらっているのですし、何より怖い思いをしたのはほとんどあなたですよ。だって俺と柊一は今回ほぼ見てませんからね」

「あ、そういえば……やっぱり私って……」

「引き寄せやすいのかどうかは確定ではないですが……ううん。まあ、あまり気にしないのが一番ですよ」

 言葉を濁された。ああ、多分暁人さんも思ってるんだ、私が引き寄せやすいタイプだって。くそう、そんなの想定外だ。変な能力が開花しちゃったのかな。

 拗ねながらドリンクを飲んでいると、暁人さんが静かに言った。

「それに……井上さんの存在が、柊一にとっても凄く大きいと思って」

「え? ……ええ!?」

 何その意味深発言! 一気に私の心臓が暴れ出す。それってなに、もしかして恋ってやつでしょうか? あんなスーパーイケメンが、私を!??

 舞い上がったところで、暁人さんが微笑んで続ける。

「はい。柊一が食べるシーンを見ても態度を変えませんし、むしろおにぎりを作ってくれたりして、本人が本当に嬉しそうで」

 あれ、なんか思ってたのと違う。私はすんと冷静さを取り戻す。恋とかそういうのではなさそうな言い方に、現実に引き戻された。

「あ、ああ。なんか柊一さんもそれしつこいぐらい言ってくれました。まあ、食べるシーンはちょっと怖くもあったんですけど、すごい才能だし、結果いいことをしてるんだし、なんでそんなに感謝されるのか分からないぐらいです」

「……そうですか」

「むしろ、あんな大変そうなお仕事、体が心配ですよ」

「優しいですね本当に」

 何度も言われる優しい攻撃。そんなにだろうか? 私からすれば二人の方がずっと優しいし、こっちは普通の人間と表現するしかない、ありふれたタイプだと思うのだが。

 暁人さんは少し視線を落とす。

「それに……柊一の異変にもすぐに気づいていた」

「異変?」

「あの夜、柊一が出した異変に気付いていたでしょう。だからあいつの腕をつかんで止めてくれた」

「ああ……」
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