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弥生
第五話
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目が回るような慌ただしい一時間であった。午後一時には三十人目の客が来店し、「営業中」の札を裏返す。残っている客は、食後にのんびりと談笑しているようであった。
貴俊は、ふっと息を吐いて、額の汗を拭った。
「あとは、俺が片付けておくから、奥で休んでろよ」
「……ん、ああ、」
貴俊は力なく笑った。店の奥に消えいく大きな背中を横目で見送りながら、汚れた皿を洗う。
やはりランチ営業など、無茶なのかもしれない。最近では、昼間の客足も少しずつ伸びてきて、早々と完売するようになった。客からはメニューを増やしてほしいというリクエストも何度か受けているようだが、貴俊が一人で切り盛りするには限界がある。
「お会計ー」
「はーい、ただいまー」
テーブル席の客に呼ばれて、顔を上げる。タオルで手を拭きながら、伝票を掴んだ。
最後の客を見送って、洗い物を終えると、店内を整えて明かりを消した。和帽子と前掛けを洗濯籠に放り込むと、居間に戻る。
「貴俊……?」
貴俊は前掛けを外した白衣姿のままで、畳の上に横たわっていた。よほど疲れているのか、そっと頬を撫でても、起きる気配はない。
ほんの出来心で、少し乾燥している唇に、唇を重ね合わせた。焦げた醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。唇を離そうとすると、後頭部を押さえられて唇を押し付けられる。貴俊の閉じていた瞼が開いて、唇を合わせたまま可笑しそうに口角が持ち上がる。啄むような優しいキスを繰り返して、唇は離れていった。
「真人、醤油の匂いがする」
「貴俊もな」
何が面白いのか、クスクス笑い合う。背中に腕を回されて、横抱きに向かい合わされた。貴俊の胸板に額を押し付けると、トクン、トクンと静かな心臓の鼓動が伝わってくる。まるで、子供をあやすように優しく背中を撫でられて、甘い感情が沸き上がる。男の腰に腕を回して、熱い吐息を漏らしてしまった。
「そろそろ、夜の仕込みしなきゃなぁ」
溜め息混じりに言葉が降ってくる。背中に回された腕が離れて、男は身体を起こした。
「俺は、ちょっと、寝ようかな」
横になったまま男に笑いかけると、目尻の辺りに口付けられた。
「休みの日に手伝わせて悪かった。ありがとう」
頭をポンッと叩かれる。貴俊は立ち上がると、凝り固まった肩を回しながら店の方に消えていった。
一人きりになると身体の疼きが沸き上がってくる。甚平のズボンを下げて、半勃ちしたぺニスを取り出した。ゆっくりと上下に扱きながら、襟口から手を差し入れて、自身の胸を弄る。慣れ親しんだ快楽を手繰り寄せながら、身体を熱く滾らせていく。
日が差し込んだ居間は明るく、温かい家庭団欒する場所で、こんな淫らな行為に耽ることに、背徳的な気分が膨らんでいく。
「……ん、」
いつも思い出すのは、初めて身体を重ねた夜だった。
『真人、』
低く甘い声で囁きながらも、鋭い瞳で射抜かれる。重ねた唇は震え、絡み合わせた舌は溶ける程に熱かった。遠慮がちな指先が肌の上を滑り、触れられたところから熱くなる。ゆっくりと、けれど、容赦なく身体を開かされた。
逃げる腰は掴まれて、ただ深く、深く、突き上げられる。痛みの方が勝って、快楽などは、ほとんどなかったような気がする。けれど、遠い過去に受けた肉体的な痛みや快楽は、既に朧気な記憶の断片でしかない。ただ、全身が震えて、互いの心が溶け合っていくような甘い感情だけが、心の深いところに染み込んでいた。
貴俊とは、数え切れないほどに身体を重ね合わせた。回数を重ねる度に、貴俊は俺の身体の扱いに慣れて、俺の身体は後ろだけでも達することができる程に、互いの肉体に馴染んでいた。
『真人、』
それでも、俺の中では何度も同じ夜を繰り返している。
「……ッ……」
ティッシュの箱を掴んで、慌てて何枚か引き抜いた。白濁した液体を紙の中に放てば、身体の熱は、ゆっくりと冷めていく。一人で後片付けをしながら、自慰の後のやるせない虚無感に、深い溜め息を吐いた。
最後に、貴俊と身体を重ねたのは、いつだったろうか。
貴俊は、ふっと息を吐いて、額の汗を拭った。
「あとは、俺が片付けておくから、奥で休んでろよ」
「……ん、ああ、」
貴俊は力なく笑った。店の奥に消えいく大きな背中を横目で見送りながら、汚れた皿を洗う。
やはりランチ営業など、無茶なのかもしれない。最近では、昼間の客足も少しずつ伸びてきて、早々と完売するようになった。客からはメニューを増やしてほしいというリクエストも何度か受けているようだが、貴俊が一人で切り盛りするには限界がある。
「お会計ー」
「はーい、ただいまー」
テーブル席の客に呼ばれて、顔を上げる。タオルで手を拭きながら、伝票を掴んだ。
最後の客を見送って、洗い物を終えると、店内を整えて明かりを消した。和帽子と前掛けを洗濯籠に放り込むと、居間に戻る。
「貴俊……?」
貴俊は前掛けを外した白衣姿のままで、畳の上に横たわっていた。よほど疲れているのか、そっと頬を撫でても、起きる気配はない。
ほんの出来心で、少し乾燥している唇に、唇を重ね合わせた。焦げた醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。唇を離そうとすると、後頭部を押さえられて唇を押し付けられる。貴俊の閉じていた瞼が開いて、唇を合わせたまま可笑しそうに口角が持ち上がる。啄むような優しいキスを繰り返して、唇は離れていった。
「真人、醤油の匂いがする」
「貴俊もな」
何が面白いのか、クスクス笑い合う。背中に腕を回されて、横抱きに向かい合わされた。貴俊の胸板に額を押し付けると、トクン、トクンと静かな心臓の鼓動が伝わってくる。まるで、子供をあやすように優しく背中を撫でられて、甘い感情が沸き上がる。男の腰に腕を回して、熱い吐息を漏らしてしまった。
「そろそろ、夜の仕込みしなきゃなぁ」
溜め息混じりに言葉が降ってくる。背中に回された腕が離れて、男は身体を起こした。
「俺は、ちょっと、寝ようかな」
横になったまま男に笑いかけると、目尻の辺りに口付けられた。
「休みの日に手伝わせて悪かった。ありがとう」
頭をポンッと叩かれる。貴俊は立ち上がると、凝り固まった肩を回しながら店の方に消えていった。
一人きりになると身体の疼きが沸き上がってくる。甚平のズボンを下げて、半勃ちしたぺニスを取り出した。ゆっくりと上下に扱きながら、襟口から手を差し入れて、自身の胸を弄る。慣れ親しんだ快楽を手繰り寄せながら、身体を熱く滾らせていく。
日が差し込んだ居間は明るく、温かい家庭団欒する場所で、こんな淫らな行為に耽ることに、背徳的な気分が膨らんでいく。
「……ん、」
いつも思い出すのは、初めて身体を重ねた夜だった。
『真人、』
低く甘い声で囁きながらも、鋭い瞳で射抜かれる。重ねた唇は震え、絡み合わせた舌は溶ける程に熱かった。遠慮がちな指先が肌の上を滑り、触れられたところから熱くなる。ゆっくりと、けれど、容赦なく身体を開かされた。
逃げる腰は掴まれて、ただ深く、深く、突き上げられる。痛みの方が勝って、快楽などは、ほとんどなかったような気がする。けれど、遠い過去に受けた肉体的な痛みや快楽は、既に朧気な記憶の断片でしかない。ただ、全身が震えて、互いの心が溶け合っていくような甘い感情だけが、心の深いところに染み込んでいた。
貴俊とは、数え切れないほどに身体を重ね合わせた。回数を重ねる度に、貴俊は俺の身体の扱いに慣れて、俺の身体は後ろだけでも達することができる程に、互いの肉体に馴染んでいた。
『真人、』
それでも、俺の中では何度も同じ夜を繰り返している。
「……ッ……」
ティッシュの箱を掴んで、慌てて何枚か引き抜いた。白濁した液体を紙の中に放てば、身体の熱は、ゆっくりと冷めていく。一人で後片付けをしながら、自慰の後のやるせない虚無感に、深い溜め息を吐いた。
最後に、貴俊と身体を重ねたのは、いつだったろうか。
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