永い春の行く末は

nao@そのエラー完結

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卯月

第十話

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 四月も中頃になれば、満開だった桜並木も風が吹く度にハラハラと花弁を舞い散らせ、地面や河川を桜色に染めていた。

 春は新しい季節である。
 毎年恒例の「新人歓迎会」という名目の飲み会の季節でもあった。繁華街は一際、活気づいているように見える。行き交う人々は、誰も彼もほろ酔い気分で浮かれているようであった。

 酒は嫌いな方ではないが、職場の同僚と必要以上に馴れ合う気はない。たぶん、それは、自身の性癖に起因する。仕事上の付き合いでしかない同僚たちとは、当たり障りのない程度に話を合わせて、一歩だけ後ろに下がる。そんな付き合い方で、この十年余りを過ごしてきた。そして、それを今更変える気はないのだ。同僚たちからは面白味のない男だと思われているだろうが、それで不要な詮索が防げるなら安いものである。

 一次会が終われば、一旦、解散の流れであった。同僚たちが二次会の店に流れていくのを見計らって、こっそりと途中で抜け出した。「佐倉真人さくらまことは二次会には行かない」というのは、セオリーであり、誰も気に留めることはないだろう。

「佐倉さん、帰っちゃうんですか?」
「……ああ、うん、」

 唐突に腕を引かれて、ぎょっとした。振り返ると、ベージュのトレンチコートを羽織っている男が微笑んでいた。記憶を辿れば、二ヶ月ほど前にうちの支店に転勤で配属された営業部の「森岡」という男であった。俺よりもニ、三歳程年下の彼は、若々しい顔立ちと、小洒落たショートヘアが軽薄な印象を与えている。更に言えば、スーツや靴のセンスから、どこか都会の匂いを感じさせて、鼻につく。けれど、そんな彼の仕事ぶりは、意外にも誠実で、腰は低く、フットワークも軽いらしく、職場で彼を悪く言う者は一人もいなかった。

「俺、佐倉さんと呑んでみたいと思ってたんですよ」
「……俺と?」

 森岡は少し酔っているらしく上機嫌に、腕を引っ張ってくる。生産管理部の俺と、営業部の彼とでは、接点はほとんどないに等しい。まともに会話したのも、これが初めてかもしれない。

「新人歓迎会なんだから、新人を構ってやったらどうだ?」
「……うーん、もう、はぐれちゃいましたからね」

 周囲を見回すも、既に同僚たちの姿はない。

「もう少し呑みたい気分なんで、付き合ってくれませんか?」

 冗談ぽく甘えるような口振りで誘われれば、腕を振りほどく気も削がれた。人気者で社交的な男は、隅で独りで呑んでいた俺のことを不憫に思って誘ってきたのかもしれない。

「…………じゃあ、一杯だけなら、」

 俺が苦笑いすると「やった」なんて、子供のように嬉しそうに笑ってみせた。こんな風に強引に呑みに誘われるのは、いつぶりだろうか。同僚とサシで呑むなんて、とても面倒なはずなのに、不思議と悪い気はしなかった。



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