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3巻

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 出発してから二時間経った。ゼルートとアレナとルウナは、セフィーレ、カネル、リシアとともに、馬車の中で豪華な椅子いすに座っている。

(魔物や盗賊に襲われないのはいいことなんだけどな)

 錬金術師によって作られた馬車は、中の空間が見た目より広くなっているので、ゼルートたちが入ってものんびりくつろげた。
 ただ、本来ならゼルートは護衛として雇われた冒険者なので、馬車の外で周囲を警戒するのが仕事だ。
 理由は、セフィーレがゼルートと話したいという、単純なものだった。
 セフィーレがその発言をしたとき、ローガスは口を挟まなかった。
 だが、物凄ものすごい形相でゼルートをにらみつけており、どのような心情なのかまる分かりだった。
 ちなみに、そのローガスはソブルとともに御者ぎょしゃの役目をしている。また、外ではラルが周囲を警戒しているため、ゼルートのパーティーが全く仕事をしていないわけではなかった。
 ドーウルスを出発してからこれまで、ゼルートはセフィーレと従者たちにオークとゴブリンの群れを討伐した際の戦闘について、詳しく話していた。
 ゼルートは、既にある程度の情報は出回っているだろうと思い、特に隠すことなく詳細を伝えた。
 合計で何体ほどいたのか、上位種の数はどれほどなのか。
 成長して通常種より強くなった個体は、他と比べて強さにどれほどの差があったのか。
 ゴブリンキングとオークキングはいったいどのように襲いかかり、どれほどの強さを持っていたのかなどを、様々な情報を思い出しながら、丁寧に説明していた。
 ゼルートたちの説明を聞いた、セフィーレ、カネル、リシアの表情は、それぞれ違っていた。
 セフィーレは、オークやゴブリンという種族の特性を嫌っているものの、キング種の強さには興味を示した。
 そして、自分も戦ってみたかったという思いが膨らみ、先程ゼルートとローガスの戦いを見終わったときのような悔しそうな表情をする。
 カネルも、セフィーレと同様、自分もキング種と戦ってみたいという思いが少々あった。
 だがそれよりも、ゼルートの話に出てきたオークキングの技――大剣から岩の破城槌はじょうついを打ち出す攻撃の方に興味を持ち、自分なりにできるかどうか考えはじめた。
 リシアはまず、女性の天敵であるオークとゴブリンの名前を聞き、すぐに眉間みけんしわを寄せる。
 聞き終えると、自分たちならどうやってオークキングとゴブリンキングを倒すのか、真剣に考えはじめ、さらに眉間みけんしわが深くなってしまう。

「オークキングがそのような技を使うのか……。大剣から放つ岩の破城槌はじょうつい、なかなか強力そうな技だ。カネル、お前なら土の魔力ではなく、水の魔力を使って再現できるか」

 セフィーレに問われたカネルは、数秒ほど考えてから答える。

「そうですね……はっきりと断言はできませんが、できなくはないと思います。ただ、ゼルート殿の話を聞いた限り、技を発生させるまでの時間が短いわりには、威力が相当高いです。今の私の技術では、同等の威力を持つ破城槌はじょうついを完成させるのに、それなりの時間が必要になります」

 オークキングがゼルートにぶつけようとした技に関しては、スキルや詠唱は必要なく、単純な魔力操作によって発動できる。
 ただ、カネルの言葉通り、発動までの時間は魔力操作の腕によって決まる。
 自分がオークキングと同じ威力を発動させるのは無理だと思い、正直に誇張せず伝えたわけである。

(これがあの坊ちゃん貴族なら、できなくても見栄を張って「できます!!」って自信満々に答えて、いざ実戦で使うと上手くいかず、相手の攻撃をモロに食らったりするんだろうな……ぶっ!! そ、想像しただけで笑ってしまう)

 もしローガスならどう答えるかを想像したゼルートは、思わず声に出して笑いそうになるが、さすがにそれはまずいと必死にこらえた。

「そうか、できなくはないんだな。なら、カネルの努力に期待しておこう」
「はい!! 必ず期待にこたえてみせます!!!」

 セフィーレの言葉に、カネルは真剣な表情で答えた。
 刃に魔力をまとわせ、破城槌はじょうついとして放つ技を覚えれば、戦術の幅が広がる。
 それを理解しているので、カネルは必ず習得すると決めたのだ。
 ここで、魔力操作について何かを思い出したのか、アレナがゼルートに声をかける。

「ゼルート、あなたが朝の訓練で魔力の玉を宙に浮かせて、動かしたり大きさを変えたりしていたのは、魔力操作を鍛えるための訓練じゃないの?」
「そんな訓練方法があるのか? よければ詳しく教えてほしいのだが」

 ゼルートが考えた訓練方法はまだ広まっていない。同じ訓練方法を思いつき、実行している者もいるが、彼らは絶対に広めようとはしない。
 魔法を極めようとする者からすれば、独自に考えついた訓練方法はあまり他者に教えたくないものである。
 ゼルートも同じように、自分と深く関わる者以外には教えたくないと思っているが、今回は依頼主からの要望ということもあり、渋々しぶしぶ教えることにした。
 訓練方法は、魔力の球体を浮かべ、まずは形状変化に慣れるところから始める。
 それから数を増やし、球体の大きさを一定にする。
 数を増やすことに成功すれば、自由自在に動かす、もしくはそれぞれ違う形に同時に変形させる。
 練習方法を聞いたセフィーレたちは、なるほどと納得のいった表情になった。
 実力が低く、理解力のない者が聞けば、なんて魔力の無駄遣いなんだと怒り狂うだろうが、彼らは一定水準以上の実力があり、さらに理解力もある。
 なので、ゼルートの訓練方法がどれだけ効率のいいものなのか、すぐに理解した。
 ここにいる面々では、カネルはやや魔力操作が大雑把おおざっぱであり、またルウナも細かい魔力操作が苦手であった。
 しかし、ゼルートが訓練方法を提案してくれたことで、自分たちも上手く魔力操作ができるようになるかもしれない――そう思ったが、頭の中でイメージを浮かべたところ、失敗する未来しか浮かばず、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
 そんな二人とは対照的に、セフィーレは物凄ものすごく興奮しており、テンションが高くなっていた。

「ゼルート、この訓練方法は、私の家の兵士たちにも教えていいだろうか? いや、是非一般公開するべきだと思う!! 魔力操作の訓練方法に革命が起こると言ってもおかしくない!!」

 ゼルートも、自分が考えた訓練方法をそこまで評価してくれるのは嬉しい。
 だが、それはちょっと待ってほしかった。

「あーすみません。できれば他の人に教えたり、一般公開するのはやめてもらってもいいですか」

 ゼルートの言葉に、セフィーレたち三人は、合点がいかない表情になる。
 一方、アレナは長年冒険者として活動してきたからこそ、ゼルートの考えがなんとなくだが分かった。
 傍で聞いていたルウナも直感的にだが、察することができた。

「あの、ゼルートさん。なぜこの方法を広めてはならないのでしょうか。ゼルートさんが提案してくださった魔力操作の訓練方法は、セフィーレ様がおっしゃった通り、まさに革命です。是非、広めるべきだと思いますが」

 ゆえに、このリシアの質問に対し、アレナが代わりに答えた。

「答えは簡単よ。あなたたちのような善良な貴族と、私たち冒険者の考えの違いといったところよ」

 アレナの言葉に、ゼルートは同意するようにうなずく。それを見て、アレナは続けた。

「冒険者なら……例えば、珍しくて金になる魔物の巣を見つけたら、絶対に自分たちだけの秘密にして利益を独占しようとするわ。ゼルートがそういうことを考えてるわけではないでしょうけど、自分で考えた訓練方法を、自分の弟子や親しい仲の人以外に教えようとは、基本的にしないはずよ」

 そして、ゼルート自身が付け加える。

「アレナの言葉はだいたい合ってます。それに、セフィーレさんたちも、自分たちの家に代々受け継がれてきた技術とかは、他人に教えたりしませんよね。たとえが大袈裟おおげさかもしれませんけど、それが大きな理由の一つですね」

 ゼルートの答えを聞いた三人は、それはそうだと思い、深く納得した。
 自分の家に代々伝わる技術を赤の他人に教えようとは微塵みじんも思わない。
 話を聞いていたルウナは、自分の直感を確信した。元王族である彼女にとっても、技術の流出をしぶるのは当然だった。
 公爵家の次女であるセフィーレは、うなりながら考えるも、すぐに答えを出した。

「確かにゼルートの言う通りだな。ゼルートが考えついた訓練方法は、基本的にゼルートだけのものだ。この訓練方法を、私たち以外の者が知ることは絶対ないようにする」
「お願いします」

 ゼルートは、話が分かる人で心底よかったと思った。
 表向きは約束しても、裏では金や交渉次第で裏切る者など多くいるが、ゼルートはセフィーレたちは信用に値する人物だと信じている。
 馬車の外で護衛をしている二人には教えてもいいかと聞かれ、それはもちろん構わないと答える。
 だがゼルートは、自分が考えついた訓練方法を、坊ちゃん貴族は絶対に実践しないだろうと確信していた。

(どう考えてもやらないよな。でも、我ながら誰でも魔力操作を上達させられる方法だと思うんだが……。まっ、あいつが他の従者に追い抜かされようが知ったことではないな)

 好き嫌いをしていれば、上は目指せない。
 ゼルートが自分の持論を思い出していると、リシアがおそるおそるといった表情で質問をしてきた。

「あの、ゼルートさん、一つ質問してもいいでしょうか」
「はい、大丈夫ですよ」

 なぜリシアが遠慮がちなのかは分からなかった。
 ただ、質問の内容を聞いたら、その理由が分かった……というより、納得してしまった。

「ゼルートさんの本名は、ゼルート・ゲインルートですよね」

 リシアの質問で、ゼルートたち三人の表情が固まった。

(嘘だろ、なんで俺の本名を知ってるんだ!? 確かに一応貴族の令息だけど、貴族らしいところなんて一切ないのに)

 堂々と宣言するような内容ではないが、ゼルートを見て貴族の令息だと思う貴族はほとんどいないだろう。

(ゼルートって名前はそこまで珍しくな……いや、確かに珍しいかもしれないが、だからって一発で本名を当てるか?)

 ゼルートはなるべくあせっている心情を顔に出さないようにしている。だが、内心はパニックだった。
 アレナとルウナは、ゼルートほどパニックになっていないが、なぜ本名を知っているのか、どこからそれを知ったのか、情報源を考えはじめた。
 しばし沈黙が場を支配したが、隠しても無意味だろうと判断したゼルートは、仕方なく正直に話すことにした。

「そうですよ。冒険者登録は名前だけでやりましたけど、本名はゼルート・ゲインルートです」

 真実を知ったリシアは、納得とおびえが入り交じった顔をしている。
 カネルは、なぜリシアがゼルートの本名をたずねたのか疑問に思っていたが、家名を聞いて納得し、ゼルートをまじまじと見つめた。
 セフィーレだけは、どうして少し重い雰囲気ふんいきになっているのか分からなかった。

「リシア、ゼルートの家名がどうかしたのか?」

 主からの問いに、リシアは心底驚いた表情をする。
 もちろん、お披露目ひろめ会での決闘騒ぎのことだ。
 この件が起きた当時、貴族界に激震が走った。そのときの衝撃を、リシアは今でも覚えている。
 だが、セフィーレが貴族内でのそういった話にあまり興味がないことを思い出し、ゼルートが過去にどのような事件を起こしたのかを説明した。
 話を聞いたセフィーレは数秒ほどの間、記憶を辿たどり、ようやく思い出した。

「ああ、そういえばそのような話があったな。確か勝負と言えないような決闘だったか。その馬鹿な貴族の令息三人は、最後に醜態しゅうたいさらして負けたのだったな。あまりいい噂を聞かない家の者たちだったから、それを聞いたときは気持ちがすっきりした」

 清いだけでは生きていけない。それは、貴族の子供として生まれたからには理解している。
 だが、私利私欲のためにくさった手段を使うやからは消えればいいと常々思っている。

「その三人の馬鹿と家をつぶした男爵家の次男には、よくやってくれたと思ったものだ」

 セフィーレの言葉に、リシアは苦笑いしながらうなずく。

「そうですね。私もその話を聞いたときはよくやってくれたと思いました。そして、その男爵家の次男が、ゼルートさんなんです」

 リシアから伝えられた真実に驚き、セフィーレはすぐにゼルートに事実確認をおこなった。
 たずねられたゼルートは、嘘をつく理由もないので、話は全て本当だと答えた。
 事実確認を終えたところで、ゼルートはリシアになぜ自分の正体に気づいたのか、逆にたずねた。

「まず、ゼルートという名前自体が珍しいというのもありますが、一番はローガスとの口論に一歩も引かず、決闘では一撃も食らうことなく完勝したからですね」

 ローガスが威圧的なこともあり、まともに口論しようとする冒険者は多くない。
 しかも態度だけではなく、実力も決して低くはない。むしろ年齢を考えれば、なかなかの強さだった。

「それらの理由から、あのゼルート・ゲインルート本人なのではと思い、確認させてもらいました」

 説明を聞き終わり、完全に納得した。

(……確かに、その件と今回のローガスとの流れは似たようなものか。まっ、あの頃から俺は全然変わっていないってことだな)

 ゼルートは、昔の出来事を三人が知っても不快な思いをしていないと分かり、ホッとした。


 六人が楽しく会話している一方で、外の空気はよくなかった。
 ラルはこれからダンジョンの中でどんな魔物と戦えるのか、久しぶりにゼルートと一緒に戦えることを考えると、嬉しいという感情しかいてこない。
 一方、ローガスは、ゼルートとの模擬戦に敗れてから、ずっと不機嫌なままだ。
 ソブルは自分と同じように馬を操りながら隣に座っている同僚の雰囲気ふんいきに気分を害され、最悪な状態だった。
 彼は、ローガスとゼルートの戦いを見て、ゼルートの強さには驚いたが、カネルやリシアほどその結果に驚きはしなかった。
 現在のように五人で行動するときは情報収集を欠かさない。ルウナのことはドーウルスでゼルートに奴隷として買われてからの経歴しか分からないが、アレナとゼルートに関しては事前に大まかに調査することができた。
 ゼルートが五年前に貴族の令息三人と一対三で戦って勝利し、戦利品として相手の家の全財産をもらったことは、ゼルートの兄や姉が残した話よりも有名だった。
 ソブルも当時その話題を耳にしており、かなり印象深く頭の中に残っていた。
 それから五年後の今、もう一度その件について深く調べることができてよかったと、ソブルは心の底から自分の情報収集力をめた。
 ゼルートの父親の爵位は男爵。相手の子供の親の爵位は侯爵と伯爵。常識的に考えて、侯爵家と伯爵家に男爵家が喧嘩けんかを売って、莫大な財産を奪う、なんて流れは起こりえない。そんなことをすれば、権力で逆に家族や領地をつぶされてしまう。

(そう考えると、ゼルート君がけの内容を全財産に指定したのはよかったな。金がなければ、権力なんてあってないようなものだ。それに倒し方もよかった。相手にも攻撃するチャンスを与え、余裕な表情で完膚かんぷなきまでに倒す。まあ、最後の攻撃は男として同情するところはあるけどな)

 全財産の中には領地も含まれる。
 ゆえに、家名はそのままになったとしても、貴族としての権力は死んだも同然だった。
 何か動こうにも、全く動けない状態にまで、ゼルートは追い込んだのだ。

(相手の力量を見極めず、見下みくだしながら喧嘩けんかを売った馬鹿と、それを傍観していたくず親どもにはいい末路だ)

 そう思いながら、ソブルはいまだに機嫌が悪いローガスをあきれた目で見る。
 隣の同僚は、戦う前に自分と相手との力量差を読み間違えることはあっても、実際に戦えば自分と相手との差が分からないほど馬鹿ではない。
 ローガスの体は、理解している。ゼルートと自分に大きな実力差がある、と。
 ただ、貴族特有のり固まった面倒なプライドを持っているがゆえに、心がその差を認めようとしない。
 ソブルは、ローガスには戦いの才能があると分かっている。
 だがそれでも、ゼルートの才能、センスは、ローガスとは比べものにならないと、先程の戦闘を見て確信した。

(得意な武器は長剣と認識していたが、本当にそうなのかも怪しい)

 武器は剣に全てを捧げている、そんな雰囲気ふんいきは感じ取れなかった。
 ローガスと同じ得物えものを使って勝負しても、勝つのはゼルートではないかと思った。

(そもそも、魔法に関してエリート教育を受けているはずの三人を相手に、余裕な表情で、余力を十分に残して圧倒的な差を見せつけたうえで勝つような傑物けつぶつだ。自分の才能に胡坐あぐらをかいて鍛錬たんれんおこたるようなやつだとは思えない)

 ソブルの考えは正しく、訓練を続けた結果、今の埒外らちがいな実力を持つゼルートが完成したのである。

(それに、冒険者は俺たち騎士や貴族と比べて、戦闘の手札が多い。自分の命を懸けた戦いには冒険者に軍配が上がるだろう。まあ、それをこいつに言ったところで、機嫌が直るとは思えないけどな)

 むしろ、悪化する未来が容易に想像できてしまう。
 視線を前に戻し、深くため息をいた。
 ローガスはドーウルスを出発してから不機嫌さが減ることはなかった。
 ずっと貧乏ゆすりが止まらない。
 ゼルートに模擬戦で完膚かんぷなきまでにたたきのめされ、負けた。
 模擬戦前の口撃合戦で、理性がブチっと切れてからは、ローガスは本気で殺すつもりの攻撃を始めた。
 脳や心臓、急所を躊躇ためらうことなく攻め続けた。
 だが、そこまでしても攻撃がかすりもしない。
 それどころか、ゼルートが攻撃に転じると、避けるか防ぐという選択肢しか自分にはなく、気づけば逃げ道がなくなり、最後は綺麗きれいに投げられてしまった。
 そして、頭の横に剣を刺され、模擬戦はローガスの惨敗という結果に終わった。
 ソブルが思っているように、ローガスの体は、敗北とゼルートとの力量差を認めていた。
 実際にゼルートとの模擬戦を思い出すたびに、体が震えあがる。
 それでも、ローガスの貴族としてのプライドが、絶対にその震えを認めようとはしない。

(なぜだ、なぜだ!!! なぜ私があのような薄汚い冒険者に負けた!?)

 身に着けている戦闘用の装備は確かに大したものではなかったが、中身は立派な傑物けつぶつだった。

(貴族の一員である私があのような者に負けるはずがない。そんなこと、あってはならない!)

 その心意気は悪くないが、越えられない壁というのは存在する。
 年齢はローガスの方が上でも、強くなるために努力してきた時間は、ゼルートの方が多い。

(そうだ、あいつが汚い手を使ったに違いない!! そうでなければ、私が負けるわけがない。その証拠を見つけ出し、セフィーレ様の目を覚まさせなければ!!!)

 ゼルートは、特に卑怯ひきょうな手は使っていない。
 いて言うなら、模擬戦なのに完全に殺す気で攻撃を仕掛けたローガスの方が卑怯ひきょうなのだが、本人には全くその自覚がない。
 ローガスがそんなことを考えている間、ゼルートたちは変わらず楽しい会話を続けていた。

「――そういえば、ゼルートはどこであの雷属性のドラゴン――ラルという名前だったか――を、どうやって従魔にしたのだ? ワイバーンなどの下級ドラゴンなら、卵のときから育てれば高確率で従魔にできるが、属性を持つドラゴンだと、それをなかなか上手くいかないと聞いたことがある」

 セフィーレのゼルートへの問いに、カネルも興味を示し、話に参加する。

「それは私も思いました。ドラゴンゆえに、従えるにはそれ相応の強さを示さなければなりません」

 ドラゴンが自ら主人を選ぶという珍しい例もあるが、それは例外中の例外だ。

「現在のゼルート殿の強さならば問題ないと思いますが、今よりも若いときであれば、従魔として迎え入れるのは難しいと思われます」

 二人の考えにどう答えればいいのか、ゼルートは頭をフル回転させながら考える。

(俺が実際にラルを従魔にしたのは五歳のときなんだが……うん、まずはそこをごまかさないとな)

 本当のことを言っても、さすがに信じてもらえないだろうと判断した。

(そして、ラガールの存在を話してもいいのかどうかだが……うん、絶対にダメだよな。俺に迷惑がかかるというか、多分父さんに迷惑が飛んでくる……それは駄目だ、絶対に。は~~~、どう説明すればいいかな?)

 考えに考え抜いた結果(約五秒)、自分と親にも迷惑がかからない説明を思いついた。

「十歳ぐらいのときに、街の外にある森の中でラルの親に出会ったんですよ。そこで何かしらのスキルで俺のことをのぞいたら、なぜか俺のことを気に入ったみたいで、ラルに外の世界を見せてあげてほしいって言われたんですよ。それから一緒に行動するようになりましてね」

 重要なところや事実をごまかしながらも、説得力のある説明ができた……つもりだった。

(どうだ? 一応納得してもらえそうな内容だったと思うんだけど、やっぱり説明不足か? でも、これ以上詳しく説明しろって言われても、俺的には結構な機密事項だから、できればしゃべりたくない)

 今のところポーカーフェイスを保てているが、内心ではあせりにあせっている。

「なるほど、ドラゴンの中には特殊なスキルを持っている個体も存在する。その可能性を考えれば、ゼルートの中身を見抜いて気に入り、我が子を預けるかもしれない」

 確率的には本当にゼロに近い数字だが、あり得ない話ではない……ようだ。

「ドラゴンと対面して無事に帰ってくるという話はたまに聞くが、子持ちのドラゴンに気に入られる者がいるというのは初めて聞いたな」

 一般的にはそんなことは起こり得ないと考えられている。
 しかし、ゼルートがドラゴンを従えているのは事実だ。

「セフィーレ様の言う通り、本当に珍しい事例です。歴史上、そういった人物はいるらしいですが、それはかなり昔の話です。ここ数百年の間では、子を持つドラゴンに気に入られた人物はいないはずです」

 カネルがさらに続ける。

「ゼルート殿の話を聞いて嘘だ、そんな話は信じられないと思う人が多いでしょうが、雷属性のドラゴンであるラル殿がゼルート殿の言うことを聞いているのを見れば、否定することはできないはずです」

 たとえ理解ある者であっても、ゼルートの話はすぐには信用できない。
 だがそれは、人のドラゴンに対する対応も問題だった。
 冒険者や騎士は、もっともらしい理由をつけて討伐しようとする。
 それ以外の者は、即座にその場から逃げる。
 ゼルートのように、普段通りの態度で対応することは厳しい……というよりも、高位のドラゴンには知性があると分かっていても、話し合おうと思う者はほとんどいない。
 ラルの件はここで終わり、長々と話しているうちに日は傾いてきた。
 そろそろ夕食の時間ということもあり、野営できそうな場所で馬車を停めて、準備を始める。
 ゼルートたちの野営の準備は、五分とかからずに終了した。
 ゼルートお手製の、モンスターの素材を使用したテントを出し、夕食の準備はゼルートのアイテムバッグから取り出したオークの煮込みシチューと、ファットボアの串焼き。そして、世話になっている宿の女将おかみがくれたサラダ。野営の夕食としては栄養満点の料理だ。
 そんな料理の数々を取り出す様子を見ていたセフィーレたちは全員、唖然あぜんとした。
 ローガスですら、ゼルートがアイテムバッグから取り出した、湯気ゆげが出ている熱々の料理を見て、口をポカーンと開けて固まった。
 アレナは、そんなセフィーレたちの表情をチラッと見て、やっぱりそうなるよなと思い、苦笑した。
 普通アイテムバッグなどの亜空間に入れたものは、外と同様の時間が経過するものだ。
 時間が経つ速度を遅らせる、もしくは短い間だけ、亜空間の中に入れたものの時間を止める効果が付与されたアイテムバッグも、レアだがあるにはある。
 だが、中の時間を完全に止め続けるものは、世に数えるほどしか出回っていない。
 ルウナもそのあたりは元王族なので分かっており、セフィーレたちの表情がポカーンとしてしまうのも無理はないと思う。


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