盟約の花婿─魔法使いは黒獅子に嫁ぐ─

沖弉 えぬ

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「魔法使いは黒獅子に嫁ぐ」後編

33結んで、花開いて

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 エリンに用意してもらった湯を使い、アスランは手際よく髪や体を清めていく。普段から侍女たちに身の回りの世話をさせているはずだが、やけに手慣れていた。
 アスランの腕の中で気絶するように眠ったカルディアが次に目を覚ましたのは夜もすっかり更けた後だった。浴槽に湯を張るにはお湯を沸かして大量に運ばなくてはならないので、間もなく床につこうかというこの時間に人を大勢呼びつけるのはさすがに気が咎めた。
 カルディアとアスランそれぞれ一杯ずつお湯を沸かしてもらいたらいに湯を張って、誰かに手伝わせる事なく自分で体を洗った。ばしゃばしゃと盥の湯を溢れさせてすっかりなくなってしまったカルディアに対し、アスランはまるで計算されたかのようにきっちり一杯分のお湯で全身をくまなく磨き上げた。
 こう言ってはなんだが、彼のその特技はとても国王に次いで二番目に貴い人のものとは思えない。もしかするとクファルが孤児院に預けられていたように、アスランの幼少期にも何か込み入った事情があるのかも知れないと思うと、おいそれとは訊ねられなかった。
 アスランから遅れて浴室から出ると、先に着替えまで済ませていたアスランがベッドに座って来いと言う。
 さっきまでまぐわっていたシーツは気を利かせたエリンが取り替えてくれたのだろう。皺の無い新しい物に変わっており、行為の跡の残るそれをエリンに見られたのだと思うとぽ、と頬に赤みが差す。
「顔のガーゼがよれてる」
 アスランはカルディアを隣に座らせると以前アスランが火傷を負った時に使った薬箱から消毒液と軟膏、それから新しいガーゼを取り出すと自らカルディアの頬の傷を手当てしてくれる。傷を診た医者の見立てでは痕にはならないだろうという事だったが、それでも頬に出来た一筋の傷は白いカルディアの頬に目立った。
 頬のよれたガーゼを剥がすとアスランの太い黒黒とした眉が中央に寄って皺を作る。アスランは自身がつけたカルディアの肩の傷を見る時も同じ顔をする。悔悟や詫びるような気持ちになるのだろう。
「お前は故郷を出てから、傷ばかり負う」
 傷が痛まないように綿花で優しく頬に軟膏を塗りながら言うアスランの声色は硬い。カルディアの境遇を憂えてくれるのは嬉しいが、思い悩むあまりいつかのように国に帰る道を示されても困ってしまう。何より、今のカルディアはとっくにシリオから離れるという選択は消えているのだ。
 新しいガーゼを貼ろうと上げたアスランの手に、頬を擦り寄せた。
「怪我したら手当てしてよ。病を得たら、看病してほしい。僕もそうするから」
 アスランの手は温かい。その温かさにふ、とカルディアの頬が緩むと、固かったアスランの表情もほぐれていく。耳の辺りを親指で擦るようにされると心地よくてつい瞼を閉じると唇に柔らかい感触が触れた。瞼を開ける頃にはすでに遠ざかっていて、目の前に優しげな表情をしたアスランの顔があった。
 ああ、と溢れてくるのは自覚した思い。胸の奥からドキドキと高鳴る感情と共に言葉が競りあがってくる。
 躊躇いはなかった。
「好きだ」
 二人は同時に囁いて、同時に目を瞬いた。
「ふ、ふふっ」
 カルディアが思わず笑うと、アスランも目を伏せその口元を緩く持ち上げた。初めて見る彼のあまりにも柔らかい笑顔に胸の鼓動が慌てている。
 始まりは国と国との盟約で、番ったところで思いはすれ違い、自分の心を自覚しても相手が同じものを抱いてくれるかまるで自信がなかった。もし、このままアスランへの一方的な想いが続くだけなら、いつしかカルディアも限界を迎えていただろう。それが一月後か一年後かもっとずっと先かは分からない。だけど一方的に想い続ける事はきっとそんなに簡単な事ではなかったはずで。
 だからこうして、お互いの目を見つめ合って恋情を交わし合う日が訪れた事に、惜しみない感謝の念がわく。
「アスラン、ありがとう。僕と分かり合う事を諦めないでくれて」
 自分の心に従って感謝を告げるとアスランは困ったように小さく笑って、改めて頬にガーゼを貼ってくれる。
「それは俺の台詞だ。俺はお前ほど気が長くない。お前が諦めていれば、とっくに投げ出してただろうな」
「僕もあんまり我慢強い性格じゃないよ。末っ子気質で甘えたで、どっちかというと堪え性が無いんだ」
「そうか。じゃあこれからは俺が甘やかしてやろう」
「えっ」
 アスランはそう言ってカルディアの額にキスを贈ると、青い瞳を細めて薬箱を片付け始める。
 あまりにも甘く柔らかい雰囲気にカルディは声もなく身悶え、ずっとうるさく鳴り続けている胸を押さえる。背中を向けたアスランの耳が赤く染まっているのを見付けると、カルディアの胸はますます喧しくなった。
 最初とはもはや別人のようだ。しかしきっとアスランの目にもカルディアが同じように見えている事だろう。
 ──あなたなら大丈夫よ。だってカルディアには愛情の苗床があるもの。
 母は慧眼だった。カルディアの心に確かに芽吹いたものを感じる。
 大事にしていきたい。自分の事も、アスランの事も。命が続く限り、ずっと。
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