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第一章
第十話 泣き腫らした
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間もなくして遠慮がちに小さな声がかかった。先程のドアマンが迎えに来たのだ。玲は「ありがとうございました」とドアマンに告げると、迎えの車を見つけるや否や、玲のために開かれている後部座席のドアに飛び込んだ。
景色がようやく動き始めると鼻奥がツンとして、じんわりと涙が滲む。
「坊ちゃん、寒くはないですか?」
「ん……だいじょうぶ」
喉に流れてくる涙を飲み込んだ。
「あぁ、今夜は月が見えませんね」
暦では今夜は新月だ。
「迎えに来てくれてありがとう……」
「なにをおっしゃいますか、私は坊ちゃんの運転手ですよ。坊っちゃんが言えば月にだってお迎えにあがりますよ! はっはっはっ」
「ふふ」
「坊ちゃんが高藤様の所へ嫁がれれば私も引退です。その時まではこのように私を使ってくださいませ」
「ん……」
運転手は執事の原と同い年の老いた男で、玲の生まれる前から屋敷に仕えている。彼もまた玲のことを大切に見守っているひとりだ。
玲はシートに後頭部を預けてしばらく目を瞑った。
一ノ瀬の屋敷に近づくと、洋館の屋敷の車寄せにはウロウロと行ったり来たりする原の姿があった。思わず玲は袖口で涙を拭いた。迎えに来てほしいという連絡を受けてから心配だったのだろう。車が停まると原は駆け寄ってきてドアを開けてくれた。
「坊ちゃん……」
「ただいま、原」
「おかえりなさいませ、お湯を沸かしておりますよ」
「うん……」
原は何も言わず部屋まで付いてくると、玲から礼服を預かるだけで他は何も発することなく「おやすみなさいませ」と部屋を出ていった。
玲は最後の下着を脱ぐと浴槽の縁に腰掛け項垂れた。浴槽に指先だけ沈めるといつもより温度が高く感じた。
「わたしは、あそこまで嫌われてしまっていたのか……」
玲の目尻から白く柔らかな頬に涙が伝った。
嘘でもいいから愛していると言ってほしかった。なぜ、あんなに傷つけられるのか、恋も知らない玲は分からない。ついに玲は声を出して泣いた。
玲はそれから何日も泣いた。
気が済むまで部屋に閉じこもっていたかった。女中らが代わる代わるドアの向こうから声をかけてくれるが、玲はたまに食事の乗ったお盆を受け取る以外、何もしゃべらずすぐに閉じこもった。
母と父はドイツにいる。髙藤家との婚約破棄はまだ話せていない。どうしてそんなことを報告できようか。もし話せば母を落胆させてしまうだろうし、祖父の遺言も守ることが出来ないひどい孫だと思われてしまうだろう。
「坊っちゃん」
何日目かの午後、ドアの向こうから原の控えめな声がして、玲は布団の中から頭をひょっこりと出した。
「ご友人がいらっしゃっておりますが」
「友人……?」
「東様でございます」
「え?…………あっ!」
玲は突然大きな声を上げた。
東と会う約束をしていたことを思い出したのだった。日本を発つ前に一度会おうと約束をしていたんだった。布団から飛び出しドアを開けると、東の手をぐいっと引いて部屋へ入れた。東は少し驚きながらも玲のされるがまま部屋に入ったが、浴衣姿の玲を見て流石に驚いた顔をした。そして玲の肩を徐に掴むと眉間にしわを寄せて玲の顔を覗き込み、観察し始めたのだった。
「待てど暮せど待ち合わせ場所にやって来ないから心配して来てみれば、そんなに目を腫らしてどうしたんだ? 家中の人間が心配しているぞ? まったくひどい顔じゃないか」
肩を強く掴まれたまま、玲は苦笑する他なかった。
景色がようやく動き始めると鼻奥がツンとして、じんわりと涙が滲む。
「坊ちゃん、寒くはないですか?」
「ん……だいじょうぶ」
喉に流れてくる涙を飲み込んだ。
「あぁ、今夜は月が見えませんね」
暦では今夜は新月だ。
「迎えに来てくれてありがとう……」
「なにをおっしゃいますか、私は坊ちゃんの運転手ですよ。坊っちゃんが言えば月にだってお迎えにあがりますよ! はっはっはっ」
「ふふ」
「坊ちゃんが高藤様の所へ嫁がれれば私も引退です。その時まではこのように私を使ってくださいませ」
「ん……」
運転手は執事の原と同い年の老いた男で、玲の生まれる前から屋敷に仕えている。彼もまた玲のことを大切に見守っているひとりだ。
玲はシートに後頭部を預けてしばらく目を瞑った。
一ノ瀬の屋敷に近づくと、洋館の屋敷の車寄せにはウロウロと行ったり来たりする原の姿があった。思わず玲は袖口で涙を拭いた。迎えに来てほしいという連絡を受けてから心配だったのだろう。車が停まると原は駆け寄ってきてドアを開けてくれた。
「坊ちゃん……」
「ただいま、原」
「おかえりなさいませ、お湯を沸かしておりますよ」
「うん……」
原は何も言わず部屋まで付いてくると、玲から礼服を預かるだけで他は何も発することなく「おやすみなさいませ」と部屋を出ていった。
玲は最後の下着を脱ぐと浴槽の縁に腰掛け項垂れた。浴槽に指先だけ沈めるといつもより温度が高く感じた。
「わたしは、あそこまで嫌われてしまっていたのか……」
玲の目尻から白く柔らかな頬に涙が伝った。
嘘でもいいから愛していると言ってほしかった。なぜ、あんなに傷つけられるのか、恋も知らない玲は分からない。ついに玲は声を出して泣いた。
玲はそれから何日も泣いた。
気が済むまで部屋に閉じこもっていたかった。女中らが代わる代わるドアの向こうから声をかけてくれるが、玲はたまに食事の乗ったお盆を受け取る以外、何もしゃべらずすぐに閉じこもった。
母と父はドイツにいる。髙藤家との婚約破棄はまだ話せていない。どうしてそんなことを報告できようか。もし話せば母を落胆させてしまうだろうし、祖父の遺言も守ることが出来ないひどい孫だと思われてしまうだろう。
「坊っちゃん」
何日目かの午後、ドアの向こうから原の控えめな声がして、玲は布団の中から頭をひょっこりと出した。
「ご友人がいらっしゃっておりますが」
「友人……?」
「東様でございます」
「え?…………あっ!」
玲は突然大きな声を上げた。
東と会う約束をしていたことを思い出したのだった。日本を発つ前に一度会おうと約束をしていたんだった。布団から飛び出しドアを開けると、東の手をぐいっと引いて部屋へ入れた。東は少し驚きながらも玲のされるがまま部屋に入ったが、浴衣姿の玲を見て流石に驚いた顔をした。そして玲の肩を徐に掴むと眉間にしわを寄せて玲の顔を覗き込み、観察し始めたのだった。
「待てど暮せど待ち合わせ場所にやって来ないから心配して来てみれば、そんなに目を腫らしてどうしたんだ? 家中の人間が心配しているぞ? まったくひどい顔じゃないか」
肩を強く掴まれたまま、玲は苦笑する他なかった。
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