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第一章
第十八話 玲が居ない
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「……居ない、だと?」
一ノ瀬の屋敷はしんと静まり返っていた。
玲の出発の朝、屋敷を訪れると訝しげな表情をした原が玄関扉を開けた。
「これはこれは髙藤様、おはようございます。こんな朝に如何がされましたか」
「如何、とは」
「は……」
原は尚も理解不能といった具合に数正を見上げる。
「今日は、港まで送ろうと……」
「え?」
「まだ支度が整わないのですね。まぁ、まだ時間はありますから」
数正は腕時計をちらりと見た。朝の九時。出国の時間は正午だと玲から知らされており、港で落ち合い見送る話であったが余裕を持って数正は迎えにやってきたのだった。
「もしや寝坊とは言いませんよね」
「そ、そうではなく」
「……どうしたんです?」
いつも冷静沈着であるはずの原の様子がおかしい。確かに迎えに来るという約束はしていない。先日は夜中に酔っ払って訪ねたこともあり、数正としても気まずい気持ちがある。ましてや婚約破棄を言い渡されている身として、取り繕いたい気持ちでやってきたのだ。
いつまで経っても玄関先で突っ立っている原に少々苛立ちを覚えた数正は「何かあるならはっきり言ってください」と語彙を強めた。
原は浅く息を吐くと、口を開いた。
「坊っちゃんは、もう出発されました」
数正は、原の目をじっと見た。言っていることの真意を探るように。
「港へ向かった、ということか?」
冷静さを保ち数正は原に問うたが、原は静かに口を噤んだ。
数正の背中に冷や汗が流れるのを感じた。
ふと、数正は視線を原の後ろにやった。いつもの玄関口で、吹き抜けの階段。二階には玲の部屋がある。いつもあそこから溢れんばかりの笑顔で玲が駆け足で階段を降りてくるのに。
今日は、それがない。
数正は眼球を早く動かし今度は廊下の奥を見た。ここで数正は違和感を抱くも、何が違うのかが分からない。再び原を見ると、原は眉を下げ落胆したような表情を向けた。
「そうですか……」
「……何がだ!」
数正は焦燥感に駆られ始める。
「坊っちゃんは、三日前に日本を発たれました」
今日、たった今この家を出たのではないことが怒涛のように脳へ雪崩込んできた。再び屋敷を見渡せば廊下の先にある部屋の家具に、白い布が掛けられているのが目に入る。
「一体どういうことですか」
「今季最後の社交会を終えて、坊っちゃんは船の旅券を変更なさりたいと仰いました。ですから私が船会社へ連絡し変更致しました」
「そんな……」
「やはりお伝えしておりませんでしたか。当日、埠頭で髙藤様とお会いになると伺って、私どもは埠頭までの見送りは遠慮したんですが……」
──なんということだ
「そうでしたか……おひとりで行かれたのですね」
原は開け放たれたままの玄関扉の先を、静かに見つめた。
一ノ瀬の屋敷はしんと静まり返っていた。
玲の出発の朝、屋敷を訪れると訝しげな表情をした原が玄関扉を開けた。
「これはこれは髙藤様、おはようございます。こんな朝に如何がされましたか」
「如何、とは」
「は……」
原は尚も理解不能といった具合に数正を見上げる。
「今日は、港まで送ろうと……」
「え?」
「まだ支度が整わないのですね。まぁ、まだ時間はありますから」
数正は腕時計をちらりと見た。朝の九時。出国の時間は正午だと玲から知らされており、港で落ち合い見送る話であったが余裕を持って数正は迎えにやってきたのだった。
「もしや寝坊とは言いませんよね」
「そ、そうではなく」
「……どうしたんです?」
いつも冷静沈着であるはずの原の様子がおかしい。確かに迎えに来るという約束はしていない。先日は夜中に酔っ払って訪ねたこともあり、数正としても気まずい気持ちがある。ましてや婚約破棄を言い渡されている身として、取り繕いたい気持ちでやってきたのだ。
いつまで経っても玄関先で突っ立っている原に少々苛立ちを覚えた数正は「何かあるならはっきり言ってください」と語彙を強めた。
原は浅く息を吐くと、口を開いた。
「坊っちゃんは、もう出発されました」
数正は、原の目をじっと見た。言っていることの真意を探るように。
「港へ向かった、ということか?」
冷静さを保ち数正は原に問うたが、原は静かに口を噤んだ。
数正の背中に冷や汗が流れるのを感じた。
ふと、数正は視線を原の後ろにやった。いつもの玄関口で、吹き抜けの階段。二階には玲の部屋がある。いつもあそこから溢れんばかりの笑顔で玲が駆け足で階段を降りてくるのに。
今日は、それがない。
数正は眼球を早く動かし今度は廊下の奥を見た。ここで数正は違和感を抱くも、何が違うのかが分からない。再び原を見ると、原は眉を下げ落胆したような表情を向けた。
「そうですか……」
「……何がだ!」
数正は焦燥感に駆られ始める。
「坊っちゃんは、三日前に日本を発たれました」
今日、たった今この家を出たのではないことが怒涛のように脳へ雪崩込んできた。再び屋敷を見渡せば廊下の先にある部屋の家具に、白い布が掛けられているのが目に入る。
「一体どういうことですか」
「今季最後の社交会を終えて、坊っちゃんは船の旅券を変更なさりたいと仰いました。ですから私が船会社へ連絡し変更致しました」
「そんな……」
「やはりお伝えしておりませんでしたか。当日、埠頭で髙藤様とお会いになると伺って、私どもは埠頭までの見送りは遠慮したんですが……」
──なんということだ
「そうでしたか……おひとりで行かれたのですね」
原は開け放たれたままの玄関扉の先を、静かに見つめた。
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