秋汀〜御曹司は婚約破棄したい〜

Gemini

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第一章

第二十話 春の陽射しの追憶

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「かわいい……」
「そうでしょう? 玲というの、呼んでみてください」
「あきら……」
「えぇ、ほら、笑ったわ」

 軽井沢にある一ノ瀬の別邸。春の陽射しが優しく注ぎ込む中庭で、玲の母親である倫子は、生まれたばかりの玲を胸に抱いて数正に優しく微笑みかけた。数正は八歳だった。


 繭のように白く艷やかな肌と、形の良い頭頂部には白金の髪が少しだけ生えていて、薄い桜色のちいさな唇がまるで飾りのようにくっついている。

「女の子ですか?」
「いいえ、男の子よ」
「すごくかわいい。ほっぺが柔らかそう」
「触ってみて」

 ベンチに座る倫子は、空いている座面をポンポンと叩いて隣に座るよう数正に微笑む。数正は遠慮がちにそこへ小さく座った。そうして恐る恐る腕を伸ばした。

「大丈夫よ、今日は機嫌が良いの」

 倫子は笑う。数正は少しほっとしてちいさな指で玲の頬に触れた。玲の頬は本当にふっくらと柔らかく、いつまでも触れていたいと思うほどだった。

「まるで綿菓子のようでしょう?」
「はい。……ほんとうですね」

 倫子は、生まれたばかりの玲と幼い数正を交互に見つめては目を細めた。

「抱っこしてくださる?」
「えっ、でも、なんだか怖いです、それに──」

 自分なんかが抱っこをしていいのだろうか。ここへ連れてきた父の姿を探すようにあたりを見まわすが、父の姿はない。倫子の顔を恐る恐る見上げると、まるで菩薩のように微笑む顔があった。

「大丈夫よ。支えてあげますから」

 倫子はおくるみに包まれた玲を数正の前に差し出した。

「こう、手を置いてみてくださいな、そう、上手」

 数正は腕いっぱいに玲を受け止めた。

「重たいかしら」
「いえ、……想像していたより、その、軽いです」
「ほかの子よりも小さいそうなの」
「そうなのですか?」
「成長がゆっくりだそうよ」

 倫子は睫毛を伏せた。先程までと違って少し低い声に数正は倫子を見上げた。優しく微笑んでいたはずの倫子が寂しそうな顔をしている。数正は、再び玲へ視線を移す。

「あきらくんは、大丈夫です、僕がお守りしますから」

 自然と言葉が溢れた。

「まぁ、お勇ましい」

 倫子はすぐに声色を高める。そうして数正の小さな頭に触れ黒い髪を撫でた。

「頼りにしています。まだ歩くこともできないけれど、待っていてくださいね。すぐにあなたに追いつきますわ」
「はい」
「あなたに玲のお世話を頼みますね」
「はい」

 八歳の少年は玲の母親の目を見て強く返事をした。








 婚約というカード。
 
 神が数正に手渡した唯一の札だ。

 それを行使しなければ得られない宝なのだ。もし婚約破棄をしたら、玲には二度と振り向いてはもらえないだろう。

 こんな成り上がりの男に。




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