21 / 29
第一章
第二十話 春の陽射しの追憶
しおりを挟む
「かわいい……」
「そうでしょう? 玲というの、呼んでみてください」
「あきら……」
「えぇ、ほら、笑ったわ」
軽井沢にある一ノ瀬の別邸。春の陽射しが優しく注ぎ込む中庭で、玲の母親である倫子は、生まれたばかりの玲を胸に抱いて数正に優しく微笑みかけた。数正は八歳だった。
繭のように白く艷やかな肌と、形の良い頭頂部には白金の髪が少しだけ生えていて、薄い桜色のちいさな唇がまるで飾りのようにくっついている。
「女の子ですか?」
「いいえ、男の子よ」
「すごくかわいい。ほっぺが柔らかそう」
「触ってみて」
ベンチに座る倫子は、空いている座面をポンポンと叩いて隣に座るよう数正に微笑む。数正は遠慮がちにそこへ小さく座った。そうして恐る恐る腕を伸ばした。
「大丈夫よ、今日は機嫌が良いの」
倫子は笑う。数正は少しほっとしてちいさな指で玲の頬に触れた。玲の頬は本当にふっくらと柔らかく、いつまでも触れていたいと思うほどだった。
「まるで綿菓子のようでしょう?」
「はい。……ほんとうですね」
倫子は、生まれたばかりの玲と幼い数正を交互に見つめては目を細めた。
「抱っこしてくださる?」
「えっ、でも、なんだか怖いです、それに──」
自分なんかが抱っこをしていいのだろうか。ここへ連れてきた父の姿を探すようにあたりを見まわすが、父の姿はない。倫子の顔を恐る恐る見上げると、まるで菩薩のように微笑む顔があった。
「大丈夫よ。支えてあげますから」
倫子はおくるみに包まれた玲を数正の前に差し出した。
「こう、手を置いてみてくださいな、そう、上手」
数正は腕いっぱいに玲を受け止めた。
「重たいかしら」
「いえ、……想像していたより、その、軽いです」
「ほかの子よりも小さいそうなの」
「そうなのですか?」
「成長がゆっくりだそうよ」
倫子は睫毛を伏せた。先程までと違って少し低い声に数正は倫子を見上げた。優しく微笑んでいたはずの倫子が寂しそうな顔をしている。数正は、再び玲へ視線を移す。
「あきらくんは、大丈夫です、僕がお守りしますから」
自然と言葉が溢れた。
「まぁ、お勇ましい」
倫子はすぐに声色を高める。そうして数正の小さな頭に触れ黒い髪を撫でた。
「頼りにしています。まだ歩くこともできないけれど、待っていてくださいね。すぐにあなたに追いつきますわ」
「はい」
「あなたに玲のお世話を頼みますね」
「はい」
八歳の少年は玲の母親の目を見て強く返事をした。
婚約というカード。
神が数正に手渡した唯一の札だ。
それを行使しなければ得られない宝なのだ。もし婚約破棄をしたら、玲には二度と振り向いてはもらえないだろう。
こんな成り上がりの男に。
「そうでしょう? 玲というの、呼んでみてください」
「あきら……」
「えぇ、ほら、笑ったわ」
軽井沢にある一ノ瀬の別邸。春の陽射しが優しく注ぎ込む中庭で、玲の母親である倫子は、生まれたばかりの玲を胸に抱いて数正に優しく微笑みかけた。数正は八歳だった。
繭のように白く艷やかな肌と、形の良い頭頂部には白金の髪が少しだけ生えていて、薄い桜色のちいさな唇がまるで飾りのようにくっついている。
「女の子ですか?」
「いいえ、男の子よ」
「すごくかわいい。ほっぺが柔らかそう」
「触ってみて」
ベンチに座る倫子は、空いている座面をポンポンと叩いて隣に座るよう数正に微笑む。数正は遠慮がちにそこへ小さく座った。そうして恐る恐る腕を伸ばした。
「大丈夫よ、今日は機嫌が良いの」
倫子は笑う。数正は少しほっとしてちいさな指で玲の頬に触れた。玲の頬は本当にふっくらと柔らかく、いつまでも触れていたいと思うほどだった。
「まるで綿菓子のようでしょう?」
「はい。……ほんとうですね」
倫子は、生まれたばかりの玲と幼い数正を交互に見つめては目を細めた。
「抱っこしてくださる?」
「えっ、でも、なんだか怖いです、それに──」
自分なんかが抱っこをしていいのだろうか。ここへ連れてきた父の姿を探すようにあたりを見まわすが、父の姿はない。倫子の顔を恐る恐る見上げると、まるで菩薩のように微笑む顔があった。
「大丈夫よ。支えてあげますから」
倫子はおくるみに包まれた玲を数正の前に差し出した。
「こう、手を置いてみてくださいな、そう、上手」
数正は腕いっぱいに玲を受け止めた。
「重たいかしら」
「いえ、……想像していたより、その、軽いです」
「ほかの子よりも小さいそうなの」
「そうなのですか?」
「成長がゆっくりだそうよ」
倫子は睫毛を伏せた。先程までと違って少し低い声に数正は倫子を見上げた。優しく微笑んでいたはずの倫子が寂しそうな顔をしている。数正は、再び玲へ視線を移す。
「あきらくんは、大丈夫です、僕がお守りしますから」
自然と言葉が溢れた。
「まぁ、お勇ましい」
倫子はすぐに声色を高める。そうして数正の小さな頭に触れ黒い髪を撫でた。
「頼りにしています。まだ歩くこともできないけれど、待っていてくださいね。すぐにあなたに追いつきますわ」
「はい」
「あなたに玲のお世話を頼みますね」
「はい」
八歳の少年は玲の母親の目を見て強く返事をした。
婚約というカード。
神が数正に手渡した唯一の札だ。
それを行使しなければ得られない宝なのだ。もし婚約破棄をしたら、玲には二度と振り向いてはもらえないだろう。
こんな成り上がりの男に。
33
あなたにおすすめの小説
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
【創作BLオメガバース】優しくしないで
万里
BL
壮士(そうし)は男のΩ。幼馴染の雅人(まさと)にずっと恋をしていた。雅人は太陽のように眩しくて、壮士の世界を変えてくれた存在。彼の影を追うように、同じスポーツを始め、同じ高校に進学し、ずっと傍にいた。
しかし、壮士のヒートのせいで、雅人も充てられて発情してしまう。壮士は必死に項を守り、番になることを拒む。好きだからこそ、こんな形では結ばれたくなかった。壮士は彼の幸せを願って別の大学へ進学する。
新しい環境で出会ったのは、α・晴臣(はるおみ)。彼もまた、忘れられない人がいるという。
互いに“好きな人”を抱えたまま始まる関係。心の隙間を埋め合うふたり。けれど、偽りのはずだったその関係に、いつしか本物の感情が芽生えていく?
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる