秋汀〜御曹司は婚約破棄したい〜

Gemini

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第二章

第二十一話 スコットランド

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 元財閥らしく礼儀正しく、玲は誰からも愛される青年へと成長した。なにより母親譲りの美しさで、社交界の華となった。しかし華々しい世界に身をおいていながら、玲は劣等感に苛まれていた。その血に流れる血統に相応しい人間であらねばならないということに。
 将来を有望視される若き御曹司としての責務も十分に感じており、どんな場でも笑顔を絶やさず大人を失望させないように努めた。

 一方数正は、社交界ではオメガの令息令嬢たちの噂の的になるような魅力的な青年へと成長していた。日本人にしては高身長に端正な顔立ち。そして、今や次期社長と目されている。

 そんな数正は、玲にとっての初めての人だ。

 三輪車に乗せて背中を押してくれた人。
 自転車の乗り方を教えてくれた人。
 ひらがなを教えてくれた人。
 剣道の相手にもなってくれた人。
 社交デビューのためのダンス練習の相手になってくれた人。

 玲は全てにおいて上達することが出来ないほど運動音痴で、それでも根気よく相手をしてくれた。すっかり自信を失ってしまった玲を優しく包み込んでくれるのもまた、数正だった。

 そして大学への進学を決めたとき、卒業したら結婚しようと祖父の約束どおり正式な婚約を申し込んでくれた人。
 そんな彼の隣に相応しい人間でいられるよう勉学に勤しんだ。婚約したことを後悔させないように、あんな婚約者で不運だなどと言われないために……。だから留学することも決めたんだ。

 




 スコットランドは、セントアンドリュース大学。

 コの字型に建てられた校舎の真ん中の広い芝生の上で、玲は胡座をかいて分厚い教科書を開いている。五百年の歴史のある大学なだけあって石造りの重厚感のある建物に囲まれた中庭では、秋のポカポカとした午後の日差しの中、学生たちが思い思いに過ごしている。
 日本の大学とは随分と違って最初こそ戸惑いはしたものの、やはり好奇心が勝った。ひとり歴史を感じながら校舎の中を隙間なく探検したのだった。

 玲は二ヶ月が経った今も、なかなか学生とは馴染めずにいた。想像はしていたが、東洋人は珍しいらしい。留学生は少なくないにも拘わらずだ。それにアルファばかりの大学で、オメガである玲に近づく人は居なかった。

 スコットランドには遊びに来た訳ではない。勉強が出来ればいい。確かに勉強をしている分には友達が出来なくとも不自由はなかった。寂しい、この気持ちを封じ込めさえすれば。玲は本を閉じるとすくっと立ち上がった。


 アパートまでは徒歩で三十分ほど。その道中でマーケットに寄り、買い物を済ませる。

「ハイ!アキラ」

 マーケットの店主が笑顔で玲を迎えた。白髪の恰幅のよい女性で、夫に先立たれたあと息子と二人で小さなマーケットを営んでいる。

「こんにちは! マーガレットさん」
「今日はね、サラミが安いよ」

 このところの玲の買い物は、ライ麦パンにハムとチーズ。マーガレットはサンドイッチだという予想を立てているらしくサンドイッチの具材に合うものをこうやってお勧めしてくるのだった。

 玲はこの孤独に負けていなかった。
 自分でも驚いた。生まれた時から執事の原に何から何まで世話になっていたのに、いきなりの独り暮らしだ。元々語学は堪能の玲は買い物にはすぐに慣れたが、食事は今の所毎日同じようなメニューで過ごしている。腹を満たせればなんでもいい、そんな風に思えるまでになっていた。


 週末には、バスを乗り継いで美術館へ向かう。庭園の芝生に座り込み、鞄から紙袋を取り出す。中身は自身で作ったサンドウィッチで、それを取り出すと大きな口を開けて頬張った。
 もう十一月、北風が孤独な玲の心の隙を通りぬけていく。サンドウィッチを半分ほど食べたところで、ハガキを一枚取り出した。原との約束のためだ。ここから見る景色は街路樹が黄色や赤に染まって、その奥に流れる川はキラキラと美しい。この景色を原に送ってあげようと、玲は色鉛筆を数本取り出した。分厚い参考書を膝に乗せ、それを台代わりにしてその上で描き始めた。

 どのくらい経っただろう。ふと、景色の中に肩からカメラを下げた男が入ってきた。すらりと長い足にはコーデュロイパンツ、白いシャツに焦げ茶のウールベストを合わせた格好で、いかにもブリテッシュ紳士のおしゃれな着こなしだ。男はカメラを手に持つと辺りを撮影し始めた。

 この男もこの景色が気に入ったのかもしれない。なんとなく見つめていると、突然男はこちらにレンズを向けた。

 ──ん?

 玲が首を傾げると男はファインダーから顔を離してこちらを見た。そしてふわりと微笑んだ。玲はどきりとして思わず俯いた。

「い、今の僕に対して!?」
 
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