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第一章 最初の国エルローズにて

第12話 侍

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 野営を挟み進む事数時間、五人はヴェロームの町へと到着した。

「おや? あなたは……」
「久しぶりだな」
「ええ。あの少女は無事薬を届けられましたか?」
「ああ。母親も無事回復したようだぜ」
「それは良かった」

 門番は以前総一朗に護衛を進めた男だった。

「今回こそ中に入れてもらえるんだろうな?」
「ええ。少女の願いを聞き届けてくれる方は悪人ではないでしょうからね。入場税も私が持ちましょう。ようこそヴェロームへ」
「ああ、ありがとよ」

 こうして無事にヴェロームへと入る事ができた総一朗はまず四人と一緒に身分証を獲るため冒険者ギルドへと向かった。

「ここで手に入るのか?」
「はい。総一朗さんなら問題なく獲られるかと。あのカウンターで受付ができます」
「わかった。んじゃちょっと待っててくれ」

 総一朗は四人を待たせカウンターに進む。待たせた理由はこの後侍のいる場所と酒のある場所に案内してもらうためだ。

 総一朗は受付の男に声を掛ける。

「ちょっと良いか?」
「はい、ようこそ冒険者ギルドへ。登録ですか?」
「ああ。身分証代わりにな」
「かしこまりました。ではこちらの用紙に必要事項を記入して下さい」
「ああ」

 総一朗は用紙に目を落とす。必要事項は氏名、職業のみだ。総一朗はサラサラと記入し受付に渡す。

「沖田……総一朗さんですか。職業は侍? もしかしてヤマトの出身でしょうか?」
「まぁそんなもんだ。後は何かあるか?」
「いえ、大丈夫です。今タグをお持ちしますので少々お待ち下さい」

 それから数分後、受付は銅のタグを持ち戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちらに血を一滴垂らしてもらえましか?」
「これに?」
「はい。所有者を記憶させるための作業です。これは魔物を討伐した記録が残るようになっておりまして、依頼の達成確認のために必要になります。それと他人に悪用させないためでもあります」
「ほ~。不思議なものだな」

 総一朗はタグと一緒に渡された針で指を突きタグに血を一滴垂らす。

「はい、結構です。これで貴方は冒険者となりました。こちらは冒険者の心得をまとめた冊子となります。必ず目を通し違反行為のないようにお願いいたします」
「わかった。もし違反行為をした場合はどうなる?」
「冒険者の資格を失い二度と登録できなくなります。ですので十分ご注意下さい」
「厳しいんだな」
「ははは、冒険者とは自由なものだとでも思いましたか。冒険者は人々を守る立場にあります。ですので模範となる人物でなければならないのですよ」
「模範ねぇ……。ま、とりあえずこれ読んでみるわ。もう行っていいか?」
「はい。では頑張って下さい」

 総一朗はヒラヒラと受付に手を振り四人の待つ場所に戻る。

「登録できましたか?」
「ああ。冊子をもらった」
「冒険者の心得ですね。良ければ簡単に説明しましょうか?」
「それは助かるな。冒険者について色々教えてくれ」
「はい。では次に行きましょう。まだ昼前ですが酒場に行きましょうか」
「おう、頼むぜ」

 総一朗は四人に案内され町を歩く。町は石畳が敷かれており、建物もデリル村に比べ立派な造りになっていた。

「これを洋風建築物って言うんだろうなぁ。木造が主流だった日本とは全く違うな。中々に頑丈そうだ」

 そうして目的地である酒場に着いた。中は昼にも関わらず冒険者風の客で賑わい、ほぼ満席状態だ。

「いらっしゃいませー! ただいま満席のため相席でも構いませんか?」

 それを受けリーダーの男が総一朗に尋ねる。

「総一朗さん、相席になりますが構いませんか?」
「ああ、俺なら……ん?」

 総一朗の視界に一際場違いな二人組みが映る。その二人はカウンターに座り酒を嗜んでいた。

「見つけた」
「え?」
「お前らは空いてる場所に行きな。俺は後でそっちに行くからよ」
「あ、総一朗さん!?」

 総一朗は四人と別れ一人カウンターに向かう。そして手前にいた身体の大きな武芸者に声を掛ける。

「隣良いかい?」
「空いているなら座れば良いだろう」
「すまんな」

 総一朗は空いていた席に座り店主に注文した。

「隣の奴らと同じ物をくれ。あと……米から造られた酒もだ」
「あいよ~! 焼き魚に米酒一丁!」

 すると巨体に隠れて見えなかった隣の小柄な人物がチラリとこちらを見た。

「珍しいね、弁慶。私達と同じ物を食べる人なんて」
「変わり者ですよ、ご主人」
「弁……慶? まさか武蔵坊弁慶か!?」
「む? なぜ……」

 総一朗は身体の向きを変え隣を見る。同時に弁慶の顔もこちらを向いた。

「お前さん……ヤマトの出か?」
「……いいや、陸奥国白河藩の出だ」
「なにっ!? では秀衡様を知って……! いや、忘れろ」

 そう言い弁慶は顔を背ける。同時に注文していた物が出された。

「お待ちぃっ! 焼き魚に米酒だ」
「ありがとよ」

 総一朗はまず酒を口に含んだ。

「う~ん……清酒とはちと違うな。だが悪くない。では久しぶりの魚を……」

 総一朗はフォークとナイフではなく魔法の袋から自前の箸を取り出し器用に魚の身を口に運ぶ。

「おぉ? 兄さん、なんだその枝は? フォークとナイフは使わんのか?」
「これは箸っていうんだよ、店主」
「「箸っ!?」」

 今度は弁慶だけでなく隣の人物もこちらを見た。そこでようやく顔を見る事が出来た。

「その女子のような風貌……それに武蔵坊弁慶……。まさか……源義経……か?」
「え? なんでボクの名を……」

 すると弁慶が立ち上がり叫んだ。

「貴様! 何者だ!! 何故我らを知っている!」
「おいおい、酒がこぼれるだろ。話すから座ってくれよ。な?」
「怪しい奴めっ! 今話せ!」
「ちょっと弁慶、落ち着きなよ~……」
「ご主人! なにを悠長な! このわけのわからない世界に来て幾年、我らの事を知る者はいなかったではありませんか!」

 その言葉で総一朗は納得した。

「……ああ、なんだ。お前さんらも俺と同じか」
「なに?」
「俺もだよ。最近この世界に来たんだ。あっちで死んでな」
「な、なんだと!? それは誠か!」
「おう。ま、座れよ。伝説の武人と呑めるなんざ嬉しくてたまらんからなぁ~。弁慶、伝説じゃ大層呑むんだろ? んなチビチビやってねぇでもっと呑めよ」

 それに対し弁慶は席に着き言った。

「金があったら飲んでるわ。我らは金がない」
「んだよ水臭ぇ。奢ってやんよ。好きなだけ飲み食いして良いぜ? 同郷の士じゃねぇか」
「な、なにっ!? ……い、良いのか? 我は飲み出したら止まらんぞ」
「はっは、構わねぇよ。店主」
「へい!」

 総一朗は黒金貨二枚をカウンターに置き店主に言った。

「こいつで隣の二人に好きなだけ飲み食いさせてやってくんな」
「く、黒金貨二枚!? お客さん、良いんですかい!?」
「おう」

 すると弁慶が店主に言った。

「……店主、酒を樽で寄越せ。受けてやろうではないか!」
「へ、へいっ!」
「あ、じゃあボクは魚もう一枚!」
「はいよっ!」

 これがこの世界で初めて日本から飛ばされてきた者との出会いだった。
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