苦しくても悲しくても あなたのそばにいればよかった

瀬音

文字の大きさ
7 / 10
第三章:ドミナント「瑛斗」視点

支配したい、従わせたい、涙を見たい、幸せにしたい

しおりを挟む
 首筋に当たる陸久の頬は涙で濡れ、背中に回された腕が小刻みに震えている。
 陸久の痛みが自分にまで流れ込んでくるようだ。

「陸久、きっと難しいと思う。陸久に、無理をさせることになる。」
「無理じゃない!」
「……もし……陸久にとってプレイが苦痛じゃなくて、陸久がプレイに付きあってくれることで陸久と別れなくて済むのなら……俺も本当はその方がいい……」
「先輩……」
「でも、きっと陸久を苦しめてしまう。あの夜みたいなことを、俺はまたお前にしてしまうと思う」
「そんなのいくらでもする。先輩と別れる方が、よっぽど苦しいから……」

 瑛斗の中で、あの夜から三日間かけて強固にしたはずの決別の覚悟がいとも簡単に崩れ落ちていく。

「陸久……好きだ…。俺も、別れたくない……」
「先輩、コマンド、出して。教科書に載ってたような簡単なやつなら憶えてるから」

 瑛斗の胸から顔をあげた陸久が、真剣な顔でそう強請った。

 愛する人に向けてコマンドを発する喜びと緊張に、全身の血が沸騰しているようだった。
 瑛斗は一度瞬きをして、それからゆっくりと息を吸い、最初の命令を口にした。

「陸久……Kneelお座り

 瑛斗がそう発すると、涙に濡れた顔のまま、陸久が尻をぺたんとつけて正座を崩したようなお座りの姿勢を取った。その姿勢のまま潤んだ瞳で見上げられ、瑛斗の心臓が跳ねた。本能的な歓びが血流を早くさせる。

Kissキスしろ

 普段、恥ずかしがり屋の陸久からキスしてくれることはあまりない。
 そんな恋人を、コマンドでコントロールしようとしている罪悪感と背徳的な快感を覚えてしまう。


 瑛斗が座ったまま待っていると、陸久はおずおずと顔を近づけ、そっと唇を重ねてくれた。
 サブミッシブではない陸久にこれ以上のプレイを求めてはいけないと思うのに、あと少しだけあと少しだけとコマンドを重ねてしまう。

「陸久、Strip脱げ……」
「っ……」

 照明を落としていない明るい部屋で裸を晒すことを、普段の陸久は好まない。それでも、少しの躊躇ったあと、陸久は着ていたTシャツを脱いでくれた。

 しかし、数秒後、陸久はジーンズのボタンに手をかけたまま固まってしまった。
 それを見て瑛斗はハッと我に返った。大切な人に、無理をさせてしまったのは確かだった。

「陸久、ごめん……」
「先輩、謝らないで」

 瑛斗は陸久の身体を抱き寄せて、小さな後頭部を何度も撫でた。

「陸久、ありがとう……。すごく満たされた……」
「先輩、俺、もっとうまくできるように頑張るから…」
「ありがとう、俺は幸せだよ」
「……先輩、大好き」
 胸の中で陸久がそう言った。


 愛する人とのプレイで満たされた。コマンドを発し、陸久がそれに従ってくれたとき、まるで喉の渇きが癒されたように、カサついた心に歓びが染み渡った。

 それなのに、瑛斗は虚しさを感じないわけにはいかなかった。
 陸久はプレイには応えてはくれたけれど、このコミュニケーションで陸久の心が満たされていないことは明らかだった。

 ドミナントは確かにサブを支配したいと望む。従わせたいし、涙を見たい。
 けれど、その行為を通してサブミッシブに満たされてほしいとも望んでいる。ドミナントは相手を苦しめたいわけではなく、自分の庇護の元で幸せにしたい強く願う性だから。


ーーー

 週に一、二回、陸久の部屋に泊まるときにに短いプレイをするようになった。

 とは言え、使うコマンドは四つか五つ。

 けれど、瑛斗の中では歓びよりも「滑稽だな」と自分を蔑む気持ちが膨らむ一方だった。
 自分は、陸久が望みもしない行為を強いている。
 少しも楽しくないであろうプレイを、文句も言わずに受け入れてくれる陸久が愛しくて、辛かった。辛いのに止められない。

 それどころか、ドミナントとしての欲求はどんどん深くなっていく。
 陸久が身に着けるものを自分で選びたい。陸久の血肉になる食事を自分の手で与えたい。拘束してコマンドだけで感じ入る陸久を見たい。動けない陸久を泣き出すまで愛撫してそのまま貫きたい。

 それを望まない相手からしたら、狂気としか思えない欲求が高まっていく。

 そして、もしそれを瑛斗が望んだとしたなら、きっと陸久はそれを受け入れるだろうという確信があった。どれほど苦痛でも、どれほど屈辱的でも。

 そしてそんなことを続けているうちに、きっと陸久の心は自分から離れていくことだろう。
 軽蔑され、楽しかった思い出もすべて忘れたい過去にされてしまうのだろう。

 そんな想像をしたら、胸が張り裂けてしまいそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...