『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた

文字の大きさ
4 / 28

第4話 土砂降りの夜と、温かいココア

しおりを挟む
あの一件以来、私とカイくんの間の空気は、薄いガラス板を一枚挟んだように、ぎこちなく張り詰めていた。
バックヤードで二人きりになる時間は、針の筵に座っているかのようだ。必要最低限の業務連絡以外、会話はない。ただ、時折、彼の視線が私の手元に注がれているのを感じて、そのたびに心臓が跳ねた。彼は何を考えているのだろう。私の正体を、どこまで疑っているのだろうか。

そんな緊張を抱えたまま、私たちは閉店作業を迎えていた。
最後の客が帰り、ドアに『CLOSED』の札をかける。フロアの椅子をテーブルに上げ、床を掃き清めていく。いつもと同じ、けれど、いつもよりずっと長く感じる作業。

「……本城さん、そこのゴミ、まとめといて」
「は、はい」

カイくんの声に、びくりと肩が揺れる。彼に背を向けたまま、ゴミ袋の口を縛った。その時だった。
ざあっと、窓ガラスを叩きつける激しい音が店内に響いた。さっきまで星が瞬いていた夜空から、まるでバケツをひっくり返したような、猛烈な雨が降り注いできたのだ。

「うわ、すごい雨……」

思わず、声が漏れた。窓の外は、黒いインクをぶちまけたように、何も見えない。ただ、叩きつける雨音だけが、世界を支配していた。

「……天気予報、雨なんて言ってなかったのに」

カイくんが、ぼそりと呟く。その声には、珍しく、困惑の色が滲んでいた。
彼は入り口のドアに手をかけ、少しだけ外の様子を伺ったが、すぐに諦めたように手を離した。

「これじゃ、帰れないな。少し、ここで雨宿りするか」
「え……」

二人きり、このカフェで?
その事実に、私の心臓は、また大きく音を立てた。
彼は私の動揺に気づく様子もなく、バックヤードへ消えていく。やがて、二つのマグカップを持って戻ってきた。湯気の立つ、甘い香りのココアだった。

「……これでも飲んで、待ってなよ。体、冷えるだろ」

ぶっきらぼうな口調は、いつもと同じ。けれど、差し出されたマグカップは、じんわりと温かかった。その温もりが、凍えた私の指先から、ゆっくりと心にまで沁みていく。

「あ、ありがとうございます……」

お礼を言うのが、やっとだった。
私たちは、カウンター席に並んで腰掛けた。間に三席ほどの距離を空けて。雨音だけが、沈黙を埋めていく。
温かいココアを一口飲むと、緊張で強張っていた体が、少しだけほぐれるのを感じた。

「本城さんってさ」

不意に、カイくんが口を開いた。

「なんで、ここでバイトしようと思ったの」

予想外の質問だった。私は、マグカップを握りしめたまま、言葉に詰まる。
(自分を変えたかったから、なんて、言えるわけない……)

「えっと……家が、近いから、とか……」
「ふうん」

しどろもどろな私の答えに、彼はそれ以上、何も聞いてこなかった。ただ、静かにココアを飲んでいる。その横顔を、盗み見る。
窓の外の激しい雨を映す彼の瞳は、いつも私に向けられる鋭い光とは違って、どこか遠くを見ているように、穏やかだった。

「相田さんは……どうして、ここで?」

気づけば、私はそんな質問を口にしていた。
彼は少しだけ驚いたように私を見ると、ふっと、ほんの少しだけ口元を緩めた。笑った、というよりは、表情が和らいだ、という方が近い。

「……ここのコーヒー、美味いから。マスターの淹れるコーヒーが、好きなんだ」

それは、とても意外な答えだった。
もっと、時給がいいからとか、そういう合理的な理由だと思っていた。彼が、そんな風に純粋な「好き」という気持ちで、物事を選ぶなんて。

「そう、なんですね……」

なんだか、胸が温かくなる。
彼がセバスチャンかもしれないという疑念が、頭の片隅でまだ燻っている。でも、今、目の前にいるのは、ただのクールな同僚でも、画面越しの王子様でもない。
美味しいコーヒーが好きで、不器用な優しさを見せる、一人の男の子だった。

「……本城さんは、何か、夢中になってるものとか、ないの」

今度は、彼の声が、少しだけ探るような響きを帯びた。
私の心臓が、どきりと跳ねる。これは、罠だろうか。ルルのことに、誘導しようとしているのだろうか。

「ゆ、夢中になってるもの、ですか……?」
「……例えば、ネットとか。ゲームとか、配信見たりとか」

核心に迫る言葉。
私は、息を呑んだ。顔が、一気に熱くなる。
何か、答えなければ。でも、どんな顔をして、何を言えばいいのか分からない。

私が答えに窮していると、彼は、はっとしたように視線を逸らした。

「……いや、悪い。変なこと聞いた」

そう言って、彼は残りのココアを一気に飲み干すと、立ち上がった。
気まずい沈黙が、再び私たちの間に落ちる。
彼のあの質問は、やはり、私を試していたのだろうか。それとも――。

雨足が、少しだけ弱まってきた。
もうすぐ、この奇妙な雨宿りの時間も終わる。
私は、まだ温かいマグカップを両手で包み込んだ。答えの出ない問いと、胸に残るココアの甘さ。そして、初めて見た彼の穏やかな横顔が、私の心の中を、ぐちゃぐちゃにかき混ぜていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...