『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた

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第11話 バックヤードの涙と、拾えないコイン

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バックヤードの扉が閉まった瞬間、私はその場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。壁に手をつき荒い呼吸を繰り返す。心臓がまるで自分の肋骨を内側から叩いているかのように痛いほど激しく脈打っていた。

『お前はもう何もしなくていい』

彼の声が頭の中で反響する。
それは紛れもない拒絶の言葉。
けれどその声の奥に感じてしまったほんの僅かな響き。私をあの場から守ろうとするような不器用な響き。その二つの事実が私の心をぐちゃぐちゃにかき乱していた。
涙が勝手に頬を伝う。
悔しさか悲しさかそれとも名付けようのない感情か。溢れる涙の理由は自分でも分からなかった。私はバックヤードの隅にうずくまり声を殺して泣いた。古い豆の袋が私の嗚咽を少しだけ吸い込んでくれる。

どれくらいの時間が経ったのだろう。
涙が枯れ果てた頃私はゆっくりと顔を上げた。床に落ちた涙の染みが私の心の形のように歪に広がっている。
私は一体何をしているんだろう。
ナイト様とのコラボを決めて前に進むとそう決意したばかりじゃないか。こんなことで泣いている場合じゃない。
でも彼のあの時の目が忘れられない。
私を突き放すような冷たい目。
そしてお客様の前で完璧な笑顔を作って私を庇ったあの姿。
彼は私にどうしてほしいのだろう。
VTuberとして成功してほしいのか。それとも今のままカフェで失敗ばかりしている地味な女の子でいてほしいのか。
分からない。
彼の気持ちがセバスチャンさんの気持ちが全く分からない。

私はポケットからスマートフォンを取り出した。SNSを開くとそこにはまだお祭り騒ぎが続いている。ナイト様とのコラボを喜ぶ声、期待する声。その熱狂が今の私にはひどく遠い世界のことのように感じられた。
私はその画面をただぼんやりと眺める。
この決断は本当に正しかったのだろうか。
私は何か、もっと大切なものを失おうとしているのではないだろうか。
答えの出ない問いが再び私の心を暗い霧で覆い尽くしていく。



フロアに残されたカイは一人静寂の中に立ち尽くしていた。
バックヤードの扉の向こう側。彼女は今きっと泣いている。自分が追い詰めたのだ。自分の身勝手な嫉妬と苛立ちが彼女を傷つけた。
その事実は重い鉛のようにカイの心にのしかかる。

彼の視線が床に落ちた。
そこにはさっき本城凪が落とした百円玉が数枚転がっていた。磨かれた床の上で銀色の硬貨が虚しい光を放っている。
まるで今の自分たちの関係そのものみたいだとカイは思った。
拾い上げなければならないのに拾うことのできない、ぎこちなく壊れてしまった関係。
彼はその場にゆっくりと屈み込んだ。
指先が冷たい硬貨に触れる。その感触が彼女の涙の冷たさのように感じられて胸が締め付けられた。

守りたかった。
ただそれだけだったのかもしれない。
ナイトのような華やかな世界の人間が彼女に近づくことで彼女が傷つくのが嫌だった。心無い言葉に彼女が心を痛めるのが見たくなかった。
だから遠ざけようとした。
けれどその方法はあまりにも稚拙で暴力的だった。
結果として彼女を一番傷つけているのは他の誰でもない自分自身だ。

「……馬鹿か、俺は」

自嘲の言葉が静かな店内に虚しく響く。
拾い上げたコインを強く握りしめる。
もうセバスチャンとして彼女の前に現れることはできないかもしれない。彼女の成功を素直に喜べないのなら自分は彼女のファンでいる資格すらない。
では相田カイとしてはどうなのだ。
これからも彼女に冷たい言葉を投げつけ続けるのか。
それも違う。
もう彼女が傷つく顔は見たくない。

カイは立ち上がると拾ったコインを自分のポケットにそっとしまった。
まるで罪の証を隠すかのように。
そして彼はバックヤードの扉を静かに見つめた。
今自分にできることは何だろう。
どうすれば彼女に本当の気持ちを伝えることができるのだろう。
答えは見つからない。
ただ彼の心の中には一つの確かな感情だけが残っていた。
本城凪を失いたくない。
その想いだけが暗闇の中で唯一の道標のように光っていた。



その日のバイトの終わりはこれまでで最も気まずいものだった。
バックヤードから出てきた私の目は泣き腫らして赤くなっている。カイくんはそれに気づかないふりをして黙々と片付けを進めていた。
私たちは一言も言葉を交わさない。
ただ食器の触れ合う音とお互いの息遣いだけが重く店内に響いていた。

「……お先に失礼します」

私のか細い声に彼は背中を向けたまま小さく頷いただけだった。
私は逃げるようにカフェを飛び出した。
夜の空気が火照った頬に心地よい。
けれど私の心はまだ晴れない。
今日一日の出来事をどう消化すればいいのか。
アパートに帰っても今夜は配信をする気には到底なれなかった。
私は電気もつけずにベッドに倒れ込む。
暗闇の中で目を閉じるとカイくんのあの苦しそうな顔が浮かんでくる。
拒絶の言葉の裏にあった不器用な優しさ。
彼のこともそして私自身の本当の気持ちさえも何一つ分かっていなかったのかもしれない。
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