『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた

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第17話 最後の夜と、王子様の棘

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『明日の夜、コラボ配信の最終リハーサルをしましょう』
ナイト様からのメッセージに私はもう以前のような心の揺れを感じなかった。
私には新しい大切な場所ができたから。昼の世界の温かい居場所が。カイくんとのあのぎこちないけれど確かな繋がりが私に小さなけれど揺るぎない自信を与えてくれていた。

約束の時間。私はパソコンの前に座っていた。
画面の中の『ルル』が私を見つめ返している。もう彼女は操り人形ではない。弱くて不器用な私自身だ。

『やあルルちゃん。今夜も会えて嬉しいよ』

ヘッドセットから流れてくるナイト様の声。
その完璧に調律された甘い響きに私はもう心を乱されることはなかった。

「ナイト様こんばんるるー! こちらこそよろしくお願いします!」

私の声は自分でも驚くほど落ち着いてそして明るく響いた。
その私の変化に彼もすぐに気づいたようだった。

『……ふふ。なんだか今日のルルちゃんはいつもと少し雰囲気が違うようだ。何かいいことでもあったのかな?』

彼の声には探るような響きがあった。
私は彼の言葉にカフェでの出来事を思い出す。カイくんと一緒に作ったポップ。彼の照れたような横顔。

「えへへ、秘密です」

私は悪戯っぽく笑ってみせた。
それはVTuber『ルル』としてではなく本城凪としての素直な感情から生まれた笑みだった。
電話の向こうでナイト様が一瞬息を呑んだのが分かった。
彼の完璧なペースがほんの少しだけ乱れたのを感じる。そのことが私に奇妙な満足感を与えた。

リハーサルはこれまでで一番スムーズに進んだ。
私の歌声にはもう迷いはなかった。彼の完璧な歌声に臆することなく自分の声を重ねていく。
それはナイト様が望んでいた完璧なハーモニーだっただろう。
けれどそのハーモニーの中で私ははっきりと自覚していた。
私の心はここにはない。
私の心はあのコーヒーの香りがする静かなカフェにあの不器用な同僚の隣にあるのだと。

リハーサルが終わる。

『素晴らしかったよルルちゃん。明日の本番必ず成功させよう』
「はい!」
『……ところで』

彼がふと声のトーンを変えた。

『このコラボが終わったら僕と二人でどこかへ出かけないか。君の素顔も見てみたい』

それはあまりにも唐突な誘いだった。
VTuber同士がリアルで会うこと。それは決してないことではない。けれど彼の言葉にはビジネスとは違う明確な個人的な響きがあった。
以前の私ならきっと舞い上がっていたかもしれない。
でも今は違った。

「ごめんなさい。それはできません」

私ははっきりとそう断っていた。
自分でも驚くほどきっぱりとした声だった。

『……おや。それは残念だ』

彼の声からは感情が消えていた。
完璧なポーカーフェイス。その仮面の下で彼が何を考えているのか私には分からなかった。
けれどもうどうでもよかった。
私には守りたいものがあるから。



コラボ配信当日。
カフェ『夕凪』の空気はまだ少しだけぎこちない。
けれどその空気は決して冷たいものではなかった。
私とカイくんは時折言葉を交わしながらそれぞれの仕事をこなしていた。

「……本城さん。その豆の袋、逆だ」
「あ、すみません!」
「……別に謝るこっちゃないだろ」

彼のぶっきらぼうな言葉。
でもその中にはもう棘はなかった。
私は彼とのそんな何気ないやり取りがたまらなく愛おしかった。

バイトが終わる頃私は彼に向き直った。

「あの、相田くん」
「……なんだよ」
「今夜私……そのコラボ配信があるんです」

私は震える声でそう切り出した。
彼の空気がぴりと張り詰めるのが分かった。

「……知ってる」
「もしよかったら……見てもらえませんか」

自分でも何を言っているのか分からなかった。
彼がセバスチャンさんだという確証はない。むしろ彼が私の配信を一番見たくない人間かもしれない。
それでも言わずにはいられなかった。
見てほしかった。
彼に。相田カイに。
私が必死に頑張っている姿を。

彼は何も言わなかった。
ただじっと私を見つめている。その深い瞳の奥でどんな感情が渦巻いているのか私には読み取ることができない。
長い長い沈黙。
そして彼はふいっと顔を逸らした。

「……気が向いたらな」

そう短く呟くと彼は足早にバックヤードへと消えてしまった。
その背中は何かから逃げているようにも見えた。
私はその場に立ち尽くす。
彼の今の言葉は肯定なのか否定なのか。
分からない。
でも私は彼の言葉を信じることにした。
それだけで十分だった。
それだけで私は今夜戦える。



夜十時。
VTuber『ルル』と『ナイト』のコラボ配信が始まった。
視聴者数は開始数分で数万人に達しコメント欄はものすごい速さで流れていく。
私の心は不思議なほど穏やかだった。
隣には完璧な王子様がいる。けれど私の心の中には不器用なバイト先の同僚がいた。
彼が見てくれている。
そう思うだけで力が湧いてくる。

配信は大成功だった。
私たちの歌声は完璧なハーモニーを奏で視聴者を魅了した。トークも弾んだ。ナイト様の巧みなリードのおかげで私は自然に笑うことができた。
そして配信のエンディング。
ナイト様が最後の挨拶をしたその時だった。

『皆さん今夜は本当にありがとうございました。そして最後に一つ重大な発表があります』

彼のその言葉にコメント欄がどよめく。
私も驚いて彼を見た。そんな話は聞いていない。

『私ナイトはこの素晴らしい歌姫ルルちゃんと今後正式にユニットを組むことにしました!』

その宣言。
それは私にとって寝耳に水だった。

『これからは二人で最高のエンターテイメントを皆さんにお届けします。僕たちの新しい門出を祝福してください!』

コメント欄は歓喜の渦に包まれる。
祝福の言葉、称賛の言葉。
けれど私の心は急速に冷えていった。
違う。
こんなこと望んでいない。
これは彼の独断だ。
私が断ったあの誘いを彼はこんな形で実現させようとしている。
彼の完璧な笑顔の下に隠された冷たい支配欲を私ははっきりと感じた。



その頃、相田カイは自室でその配信を見ていた。
結局彼は見てしまったのだ。見ないという選択肢は彼にはなかった。
彼女の頑張っている姿をその目に焼き付けたかったから。
配信が進むにつれて彼の心は二つに引き裂かれていた。
ナイトの隣で楽しそうに笑う彼女の姿。それに嫉妬する自分。
けれど同時に彼女の堂々としたパフォーマンスに胸を打たれ誇らしく思う自分もいた。
ファンとして彼女の成功を素直に喜ぼう。
そう思い始めていた矢先だった。
ナイトのあの一方的なユニット結成宣言。

その瞬間カイの頭の中で何かが切れた。
ふざけるな。
それは違うだろ。

彼女の気持ちを無視して自分の思い通りにしようとするその傲慢さ。
何よりもその宣言を聞いた時の彼女の一瞬凍りついたような表情。
それに気づいているのはきっと自分だけだ。
彼女は望んでいない。
彼女は今助けを求めている。
もう迷いはなかった。

ファンとしてでもなく同僚としてでもなく。
ただ一人の男として本城凪を守る。
カイは椅子から立ち上がるとクローゼットの奥から一つの箱を取り出した。
そしてスマートフォンの画面をタップする。
彼の反撃が今始まろうとしていた。

セバスチャンとしてではなく。相田カイとしてでもなく。全く新しい第三の存在として。
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