『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた

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第19話 小さな波紋と、守るための盾

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夜が明けた。
部屋の窓から差し込む朝日はやけに白々しく冷たく感じられた。私はほとんど眠れないままベッドの上でスマートフォンの画面をただ見つめていた。
画面には昨夜私が『いいね』を押した謎のアカウント『Kage』の投稿が表示されている。

『貴女のソロの歌が聴きたい。貴女だけの翼で飛ぶ姿が見たい』

その言葉は一夜明けた今も私の心の一番深い場所で確かな熱を放っていた。
昨夜のあの絶望的な状況でこの言葉にどれだけ救われただろう。
私の『いいね』はまだそこにあった。それは私のささやかでけれど明確な反逆の証。
その下には数件の新しいコメントがついていた。

『これどういう意味?』
『ルルちゃんがいいねしてる謎アカウント……』
『もしかしてユニット結成って本当は……』

小さな波紋。
まだそれは熱狂的な祝福の声にかき消されるほどのささやかなさざ波に過ぎない。けれど確かに何かが動き始めていた。
その事実は私に恐怖とそしてほんの少しの高揚感をもたらした。
私は一人じゃない。
そう思うだけで胸の奥に小さな勇気の炎が灯る。
私はベッドから起き上がった。
今日もバイトがある。
彼に会わなければならない。
今日の私は昨日までの私とは少しだけ違う。その変化に彼は気づいてくれるだろうか。



その頃、相田カイもまた自室で眠れない夜を明かしていた。
パソコンのモニターには彼自身が作り出したアカウント『Kage』の投稿が表示されている。そしてその投稿にただ一つだけつけられた『いいね』。
送り主は言うまでもなくルル本人だ。
彼女は気づいてくれた。
自分の声にならないエールを受け取ってくれた。
その事実がカイの荒れ狂う心を静かなそして熱い決意で満たしていく。
ナイトのやり方は許せない。彼女を自分の名声のための道具のように扱うその傲慢さが。
だがどうやって戦う?
正体を明かすことはできない。それは彼女をさらに混乱させるだけだ。
『Kage』として言葉を紡ぎ続けるしかない。
彼女の本当のファンたちの心に直接語りかけるのだ。彼女の本当の魅力をその翼の強さを説き続ける。
それは途方もなく地道で孤独な戦いになるだろう。
けれどもう迷いはなかった。
彼女があの『いいね』で応えてくれた。
それだけで彼はどんな困難にも立ち向かえる気がした。
カイは立ち上がるとコーヒーを淹れた。
いつもの深い苦味。その奥にある確かな甘み。
それはまるでこれからの戦いを象徴しているかのようだった。
彼は窓の外の朝焼けに染まる空を見つめた。
今日カフェで彼女に会ったらどんな顔をすればいいのだろう。
いつも通りの塩対応。
けれどその仮面の下で彼は彼女を守るための見えない盾になることを固く誓っていた。



カフェ『夕凪』のドアを開けると香ばしいコーヒーの香りが私を迎えた。
カイくんはもうカウンターの中にいた。黙々と開店準備を進めている。
その姿はいつもと同じ。
けれど私には分かった。
彼の纏う空気が昨日までとは違う。
それはもう私を拒絶する氷の壁ではない。
むしろ何か巨大なものから私を守ろうとするような静かで強固な砦のような空気。

「……おはようございます」

私が声をかけると彼はちらりとこちらを見た。

「……はよ」

短い返事。
でもその声にはもう敵意はなかった。
私はそれだけで胸が温かくなるのを感じた。
私たちはその日ほとんど言葉を交わさなかった。
でもその沈黙はもう苦痛ではなかった。
お互いがそれぞれの場所で戦っている。そして見えない何かで繋がっている。そんな不思議な連帯感のようなものが私たちの間に流れていた。

ランチタイムのピークが過ぎた頃。
店の電話が鳴った。
私が受話器を取る。

「はいカフェ『夕凪』です」
『……ルルちゃん?』

電話の向こうから聞こえてきた声に私の心臓が凍りついた。
その声は私が今最も聞きたくない声。
ナイト様だった。

『少し、いいかな。君のSNSのことで話がある』

彼の声は穏やかだった。けれどその奥に笑っていない冷たい響きがあるのを私は感じ取った。
私はバックヤードへと駆け込んだ。

「……どういうことかな。あのアカウントは」

彼は単刀直入に切り出した。

「君がいいねをした『Kage』とかいうアカウントのことだよ。あれは誰だい? 君の友達?」
「……いえ、知りません」
『知らない? 知らないアカウントのあんな意味深な投稿に君はいいねを押したというのかい?』

彼の声が少しずつ圧を帯びてくる。

『あの投稿のせいで僕たちのユニットに妙な憶測が飛び交っている。君も知っているだろう?』
「……はい」
『だとしたらなぜいいねを取り消さないんだい? 君の軽率な行動が僕たちの門出に水を差しているんだよ』

軽率な行動。
その言葉が私の胸に突き刺さる。
違う。あれは私にとって唯一の希望の光だったのに。

『いいかいルルちゃん。君はもう一人じゃないんだ。僕とユニットを組んだんだ。君の行動は僕のイメージにも影響する。分かるね?』

それは優しい忠告の仮面を被った明確な脅しだった。
私は唇を強く噛み締めた。
ここで「はい」と言ってしまえば楽になれる。彼の言う通りにすれば波風は立たない。
でもそれはあの光を自ら消すことと同じだ。
私を信じてくれたあのたった一つの声を裏切ることになる。

「……できません」

私の口から震えるけれど確かな拒絶の言葉が漏れた。

『……なんだって?』
「いいねは取り消せません。あれは……私の気持ちだからです」
『……ほう。君の気持ちね』

電話の向てこうで彼が冷たく笑う気配がした。

『いいだろう。君がそこまで言うのなら。だが覚えておくといい。君のその小さな反抗がどんな結果を招くことになるのか。後悔しても知らないよ』

一方的に電話は切れた。
ツー、ツーという無機質な音が私の耳に虚しく響く。
私は受話器を握りしめたままその場に立ち尽くした。
やってしまった。
彼を完全に怒らせてしまった。
これからどうなるのだろう。
恐怖で全身が震え出す。
その時だった。
バックヤードのドアが静かに開いた。
そこに立っていたのはカイくんだった。
彼は何も言わずに私に近づくと私の手からそっと受話器を取った。そしてそれを元の場所に戻す。

「……大丈夫か」

低い静かな声。
彼は私の顔を真っ直ぐに見つめていた。
その瞳はもう揺れていない。
私を守ると固く決意した男の目をしていた。
その力強い視線に私の震えが少しずつ収まっていく。

「……大丈夫です」

私は涙を堪えてそう答えた。
彼はそれ以上何も聞かなかった。
ただ無言で私の隣に立っている。
その静かな存在感がどんな慰めの言葉よりも私の心を強くしてくれた。
私の戦いはこれからだ。
そしてその隣には彼がいる。
顔も知らない影の味方と。
そして目の前の不器用な同僚が。
私はもう一人じゃない。
そう確信することができた。
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