『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた

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第20話 静かなる攻防と、二人の珈琲

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ナイト様との電話を切った後、私の周りの世界は静かにしかし確実にその色を変え始めていた。
彼の脅しは単なる言葉ではなかった。それは目に見えない冷たい毒のように私の活動の隅々にまでゆっくりと浸透していった。
SNSで今まで親しく言葉を交わしていた他のVTuberからのリプライが途絶えた。私が勇気を出して挨拶のメッセージを送っても返ってくるのは無機質な『いいね』だけ、あるいはそれすらない。
匿名掲示板には私の根も葉もない噂が書き込まれるようになった。

『ルルって裏では結構性格キツイらしいよ』

『ナイト様を利用してのし上がろうとしてるのが見え見え』

その悪意に満ちた言葉たちは小さな棘となって私の心をじわじわと蝕んでいく。
これが彼のやり方なのだ。
私を直接攻撃するのではない。私の周りの環境を変えることで私を孤立させ精神的に追い詰めていく。
あまりにも狡猾で陰湿なやり方。
恐怖で心が押し潰されそうになる。
けれど不思議と絶望はしなかった。
私には味方がいるから。

『Kage』と名乗る謎の人物。

彼はあの日以来毎日私の過去の配信の切り抜き動画を投稿し続けていた。
それは私がゲームで大失敗して本気で悔しがっている場面だったりリスナーからの温かいコメントに言葉を詰まらせながら感謝を伝えている場面だったり。
決して華やかではない。むしろ私の不器用さや弱さが露呈している瞬間ばかり。
けれど彼はその一つ一つに短いけれど力強い言葉を添えていた。

『これこそが彼女の魅力だ』

『飾らない魂の輝き』

『この翼は誰にも折らせない』

彼の投稿はまだ大きなムーブメントにはなっていない。
けれどその小さな声は確実に一部の本当のファンたちの心に届いていた。
『Kage』の投稿には少しずつ賛同のコメントが増えていく。

『そうだ! 俺たちが好きだったのはこういうルルちゃんだ!』

『ユニットもいいけどやっぱりソロのルルちゃんが見たい!』

その小さな応援の声と『Kage』の存在が私をかろうじて支えていた。
そしてもう一つ。
私の心を支えてくれる大切な場所。



カフェ『夕凪』のドアを開けるといつもの香ばしいコーヒーの香りが私を迎えた。
「おはようございます」
私が声をかけるとカウンターの中でカイくんが顔を上げた。

「……はよ」

短い返事。
でもその声は温かい。
私たちの関係はあの日以来劇的に変わったわけではない。
相変わらず会話は少ない。時折視線が合うとお互いに気まずく逸らしてしまう。
けれどそのぎこちない空気の中に確かな信頼感のようなものが育まれていた。
彼は私のネットでの状況を知っているのか知らないのか。
そのことには一切触れない。
ただ私が少しでも疲れた顔をしていると黙って新しいブレンドコーヒーを淹れてくれるのだ。

「……これ試作品。感想聞かせろ」

そう言ってぶっきらぼうにカップを差し出す。
その不器用な優しさが今の私には何よりもありがたかった。
この場所だけが私がVTuber『ルル』でもなくただの本城凪でいられる唯一の聖域だった。

その日私は大きなミスをしてしまった。
ランチのピーク時。注文が立て込んでいる中で私はお客様のオーダーを一つ完全に忘れてしまっていたのだ。
お客様からの指摘でそれに気づいた時私の頭は真っ白になった。

「も、申し訳ありません……! すぐに確認いたします……!」

震える声で謝罪する。
またやってしまった。自己嫌悪で目の前が暗くなる。
その時だった。
すっと私の隣にカイくんが立った。

「大変失礼いたしました。ご注文のナポリタンすぐににご用意いたします。お詫びにこちらのコーヒーチケットをお使いください」

彼の落ち着いた低い声。
そしてお客様に向けられた完璧な謝罪の笑顔。
彼は私が何も言わなくても状況を全て把握していた。そして完璧なフォローをしてくれたのだ。
お客様は彼の対応に満足した様子で頷くと席へと戻っていった。
私はその場に立ち尽くす。

「……すみませ……」
「……いいから。お前は少し休んでろ」

彼は私の言葉を遮ると私の肩をぽんと軽く叩いた。
その大きな手の温かさ。
私は彼のその不器用な優しさにまた救われてしまった。
バックヤードで一人俯いていると彼がマグカップを持って入ってきた。

「……これ飲めよ」

それはあの日と同じホットミルクだった。

「……ありがとうございます」
「……別に」

彼は壁にもたれかかると静かに口を開いた。

「……色々あんだろ。お前の世界では」

その言葉に私は顔を上げた。
彼は私を見ていない。遠い目をして宙を見つめている。

「でもここは違う。ここはただのカフェだ。お前はただのバイト。だからここでは何も背負うな」

それは彼からの最大限のエールだった。
VTuberのルルのことなど何も知らないという体で。
けれど全てを分かった上で私を守ろうとしてくれている。
そのあまりにも不器用であまりにも優しい彼の想いに私の胸は熱くなった。

「……はい」

私は涙を堪えてそう答えるのが精一杯だった。
ホットミルクの優しい甘さが私のささくれ立った心に沁みていく。
私はもう一人じゃない。
ネットの世界には『Kage』さんがいる。
そしてリアルの世界にはカイくんがいる。
二つの全く違うけれど同じくらい温かい光が私を照らしてくれている。
私はマグカップを強く握りしめた。
負けない。
絶対に負けたりしない。
ナイト様のやり方にもそして弱い自分自身にも。
物語はクライマックスに向けて大きく舵を切った。
私の本当の戦いが今始まろうとしていた。
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