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気が付かないはずがない。
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お茶会から帰ってきた私は、疲れ切ってソファーに倒れこんだ。
なんだか、ものすごく濃密だった気がする。
貴族達との挨拶も緊張したけれど、何よりも……。
エルディオ殿下から手渡された、私の髪の毛と同じ色をした薔薇は、小さな花瓶に飾られている。
……捨てるべきだと思ったのに。
すぐにそれが出来なかった私の髪からベルン公爵は黙ってその薔薇を引き抜くと、セバスチャンに部屋に飾るように指示した。
――――気にならないのだろうか。それとも、なにか勘違いされてしまったのだろうか。
ベルン公爵は、私とエルディオ殿下との会話について何も聞いてくることはない。
私の方から、何か言った方が良いのかもしれない。
でも、何を言ったらいいのだろうか。
特にやましいことがあるわけでもなく、私が好きなのはやっぱりベルン公爵だけだ。
「――――掃除しよう」
私は、久しぶりにクローゼットの奥にしまい込まれていたお気に入りのワンピースにそでを通す。その上に、白いフリルがついたエプロンを身に着けた。
廊下を無心に掃除している間だけは、いろいろなことを考えすぎなくてすむ。
そして、広いこのお屋敷にはいくらでも長い廊下がある。
どれくらいそうしていただろうか。いつの間にか、残すは執務室前の廊下だけになっていた。
あの日から、いつも開いている執務室のドアから、少しだけ茶色の毛が覗いていた。
隠れているつもりなのだろうか……。その毛並みが、隠しきれていませんよ?
落ち込んでいた気分が、ほんの少しだけ上を向く。毛並みの力は偉大だ。
「ベルン様?」
その瞬間、茶色の毛並みは奥に引っ込んでしまった。
私は、掃除用具を片付けると、少しだけ深呼吸して執務室のドアをくぐる。
ベルン公爵は、仕事の山に囲まれていた。
直前まで、こちらを窺っていたくせに。
「……ベルン様」
うつむいていた顔が、ゆっくりと私の方を向く。
その表情は、毛並みに隠れて分からない。
「美しい薔薇だったな……。存在しないあの色を作り上げるのには長い年月がかかるだろう。おそらく王太子殿下はまだ」
ベルン公爵が呟く。
その次に続きそうな言葉を、私は聞きたくなかった。
「――――ベルン様」
そのまま、執務机の前に座ったベルン公爵の隣に移動して、子どもみたいに抱きついた。
「セリーヌ?」
「ベルン様のことが誰よりも好きです」
もっと気の利いた言葉が言えたら良いのに。これでは本当に、子どもみたいだ。
「――――は、情けないな」
私のことを抱きしめ返したベルン公爵が、肩に顔を寄せてくる。首筋にふわふわした毛が当たってくすぐったい。
「……もし、王太子殿下の元に行きたいと言われたらどう答えようかと考えていた。それでいて、セリーヌと過ごした時間を見せつけられたみたいに感じて、醜く嫉妬して」
やっぱり、あの薔薇は捨てるべきだった。
「……俺にだって、あの薔薇の意味が分からないはずもない。たぶん、俺の好きなセリーヌは、あれだけの覚悟を込めた贈り物を捨てたりできないから」
そう、たぶんエルディオ殿下は、命をかけて何かをしようとしている。
だから、私にかけた言葉は、「約束は果たしたから」だったのだろう。
「……ごめん、すぐにここで泣けばいいと言えなくて」
「……謝らないでください」
泣くのはずるいから、泣かない。そう決めていたはずなのに、抑えきれずに涙が溢れ出してしまった。
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