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ええ。私、悪役令嬢なので。
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「それで、いきなり押しかけます? 私に何かされるとか思わないんですか?」
アイリ様は、あの、緑色の鉱石の部屋にいた。ベルン公爵はエルディオ殿下に会いに行っている。アイリ様の今日の装いは、淡いラベンダーピンクに、紫がかった小さな薔薇の模様が描かれた布地。豪華に使用されているレースのドレス。まさに、ヒロインにふさわしい。
「……私たち、話し合わないといけないと思いませんか」
「……私は話すことなんてないです。あの人だけ守れたらそれでいいので」
アイリ様が言う、あの人。たぶんそれは……。
「勇者の幼馴染」
アイリ様の、澄ましていた表情がピクリと動く。
たぶん、これは正解だ。
「魅了……末裔の呪い」
「何が……言いたいんですか」
「先日、当時の聖女の記憶が流れ込んできたんです。だからもしかしたら、アイリ様も勇者の幼馴染の記憶……あるんですよね?」
「――――だとしたら、どうだっていうんですか」
「何があったか教えてください。それから、ベルン様ルートのバッドエンドも」
アイリ様は、鉱石に近づくとそっと手を添えた。その手に緑色の魔力が吸い寄せられていく。
「……はぁ。聞くまで帰らない気ですか」
「帰りません」
アイリ様は、私の前に立つとにっこりと笑いかける。
まるで、ゲームの中のヒロインの笑顔みたいに。
私も負けずに、ゲームの中の悪役令嬢を意識してにっこりと笑いかける。
できているだろうか……。
「ベルン様は、バッドエンドの場合メイドと駆け落ちしてしまいます。でも、呪いは解けてませんから、その後の結末は予想できますよね」
「……そう、ハッピーエンドは、王位を継承するのよね」
「そうですよ? その場合、エルディオ殿下はすべてを失って辺境へ、アルト様は途中でヒロインを庇って騎士を続けられなくなる、セルゲイ様は宰相と公爵家の嫡男としての地位を失い行方不明になります」
――――うん。ベルン公爵とヒロインしか幸せになっていない!
「――――アイリ様は、誰を助けたいの」
「……決まっているじゃないですか」
知っている。その人がたぶん、アイリ様が言うあの人なのだろう。
「だから、私の邪魔をしないでください」
「――――幼馴染の話を聞いてないわ」
「……幼馴染が病に倒れて、魔力が尽きる直前、あの人が急に訪ねてきました」
まるで、自分のことみたいにそのことを語るアイリ様。
でも、それは記憶に過ぎない。もう過ぎ去ったことで、私たち自身に起こったことではない。
「そして、一つの約束を交わしました。私が覚えているのは……ここまでです」
それが何だったのかは気になるけれど……。
幼馴染と勇者が最後に交わした約束。
「全員を助けたい。方法はないの?」
「私は、光魔法を持っているけれどカレント男爵家は聖女の血を引いているわけではないです。たぶんこれは勇者が持っていた光魔法なんでしょうね」
勇者も、光魔法を持っていた。
たしかに、それは十分考えられる。
「記憶を取り戻すきっかけになったのは、この部屋」
「……それじゃあ、記憶を取り戻すまでこの部屋に籠りましょう」
「は? エル様は、この部屋に長くいるのは良くないって」
「じゃあ、私だけ籠ります。腰抜けヒロインはしっぽをまいて逃げるといいです」
「――――っ、本当に時々悪役令嬢って感じですよね! どうなっても知らないですから!」
そう言いながらも、アイリ様は近くにある平らな石に腰掛けてそっぽを向いてしまった。
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