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能力がなかったのではない、貸していただけ。
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王宮を訪れるその日、なぜかお兄様が訪ねてきた。
「お兄様……」
エルフはお兄様の元を、訪れたのだろうか。
そして、アイリ様を捕獲してから、その後の展開は……。
「エルフが俺の元を訪れたんだが」
「えっ、本当に?!」
「おかしなことを言いながら、以前貸してもらった風魔法と水魔法を返すと言って聞かないんだよ。話が通じなくてちょっと怖かったな」
――――やはりというか。
エルフが訪れたのは、お兄様のところだった。
「――――思い出していないんですか?」
「何を思い出すんだ? 学園時代にアイリと一緒にいたことは思い出したぞ?」
お兄様は、さも不思議そうに首をかしげる。
愛する人を忘れてしまっても、婚約を頑なに拒んでいたお兄様は、確かに勇者とは重ならないところもある。
「お兄様は、勇者の生まれ変わりらしいですよ」
「お前まで、そんな冗談を言うのか? 俺みたいな半端な能力しか持たない人間が、勇者なはずないだろう」
ため息をつくお兄様の言葉は、常識的だ。
でも、私はお兄様が勇者なのだと、半ば確信していた。
「お兄様……すべてが終わったら、私も闇魔法をお返ししますね?」
「――――だから、何を言って」
お兄様は、弱い光魔法しか持たない。
剣術も、魔法も、体力作りもなにもかも、人の何十倍も努力する姿を子どものころから見てきた。
それなのに、何か呪われているかのように、学業以外はその能力が高まることはなかった。
でも、それがもし、勇者が仲間たちに力を分け与えてしまったせいなのだとしたら。
たとえば、幼馴染だった女性の末裔が、聖女になってしまうほどの光魔法を渡していたのだとしたら。
「風魔法と水魔法、見せてもらえませんか?」
「お前、いくら俺が努力しても魔法が上手く使えなかったこと、知っているくせに」
「……セルゲイ、俺も見てみたい」
モフモフの姿で、後ろから話を聞いているだけだったベルン公爵が、お兄様を促す。
他人の魔力を詳細に感じることが出来るベルン公爵は、きっともうお兄様の魔法がけた違いになっていることを理解しているのだろう。
「――――しつこいな。付き合うまで諦めない気か?」
「ああ。王宮に行かなければならないから、時間がそれほどない。あと、魔法を行使するなら、外に出てもらえるか? 室内で使われて、屋敷が倒壊してしまうとこまるからな」
「そんなはずないだろう」
そう言いながら、表に出たお兄様が放った風魔法は、フェンディス公爵家の敷地の大木をいとも容易く切り株にしてしまう。水魔法を使えば、豪雨かというくらいの水量だった。
「は?」
予想通りの魔法の威力に、納得している私とベルン公爵。
一方、お兄様は起こった現実をまだ受け入れることができないのか、呆然としたままピクリとも動かないでいる。
「は?」
もう一度、信じられないとでもいうようにお兄様が私の方を振り返って、少し間の抜けた声を出した。
このまま、全ての仲間たちから力を返してしまったら、最強なのはお兄様に違いなさそうです。
本人が望む望まないにかかわらず。勇者確定です。
目を輝かせる私と反対に、ベルン公爵はため息をついた。
「……しばらく、訓練しないと。これじゃ、ちょっとした拍子に王都が破壊されてしまう」
稀代の魔法使いによる訓練は過酷を極めるだろう。
でも、ベルン公爵に任せていれば問題ない。
そして、努力家のお兄様のことだ。すぐに、魔力の制御をマスターするに違いない。
王宮に行く準備のため、私は屋敷に入ったが、すでに過酷な訓練は開幕してしまったようだった。
心の中で手を合わせつつ、私は兄へエールを送った。
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