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連載
記憶を取り戻すなんてやめましょう?
しおりを挟む「そにしても、することがない……」
最近は使用人たちの育成に力を入れすぎたせいで、私が手を出すまでもなく、家の中は完璧に整えられている。
使用人たちは、屋敷の整備が完璧すぎるせいなのか、私を着飾らせることに最近は熱意を燃やしているようだ。今日の、黄色い薔薇みたいなドレスも、私を家事から遠ざけている要因の一つだ。
「もったいない……。ドレスなんて多くても七着くらいあれば十分じゃないのかしら?」
ベルン様は、今や王国一の大富豪だ。
クローゼットルームには、あふれんばかりのドレス。
私のドレスを選ぶのが好きだ。完全に、敏腕商人のハンネスさんの手の平の上で転がされている。
「ドレスなんて一日一着しか着られないのに」
私はため息をついた。
王家をしのぐというほどの潤沢な資金は、もちろんフェンディス公爵家の資産が基礎にあるが、それだけではない。
ベルン様は、王国随一の天才だ。
その才能は、建築から政治、経済、芸術まで幅広い。引きこもっている間に、こなした数々の事業の利益は、貯まる一方だった。
――唯一の欠点が、時々野獣と呼ばれる外見になってしまうことなのだけれど。
(その姿がまた、可愛らしいことこの上ないのよね)
「完璧すぎて、一つも粗がない」
モフモフが大好きな私としては、欠点と言われるそれすら、ベルン様の完璧さに花を添えてしまうだけ。
むしろ、すべてがなくても、やさしさとモフモフだけあれば満点をあげたい。
その時、セバスチャンが「奥様、お客様がお見えになりました」と、声をかけてきた。
その声は、今日もどこか浮き足立っている。
「どなたかしら?」
ベルン様のモフモフな姿が王国中で認められ始めた今。飛ぶ鳥を落とす勢いのフェンディス公爵家に先ぶれもなく来ることが出来る人間は、ごく限られているのだが。
「――リオーヌ公爵令息でいらっしゃいます」
「ですよね……。お兄様くらいですよね」
飛ぶ鳥を落とす勢いのフェンディス公爵家にアポなしで何度も押しかけてくるのは、お兄様くらいのものだ。
間もなく宰相の地位に就くと言われているのに、相変わらず護衛もつけずにお忍びで来てしまうお兄様。
先日、表情を無にしたアルト様が、後ろからつけてきているのに気がついてしまった。
(アルト様にご迷惑をお掛けするのは良くないわ)
目があった瞬間、唇に指を当てて、秘密だとジェスチャーしていたけれど……。
(うちのお兄様が、ご迷惑をおかけしてます)
今日は、アップルパイは焼いてないから、ガトーショコラでもいいかしら。
それとも、ベルン公爵に作ってくれた特製の冷凍庫。そこに、入っているアイスクリームのほうが良いかしら。
「うん。アイスクリームは有事の際の交渉材料としてとっておこう」
家事を取り上げられてしまった最近の私にできるのは、お菓子作りくらいのものだ。
私が作るお菓子が大好きなお兄様に対する、大事な切り札なのだ。
それにしても、ここ数週間は、忙しすぎて王宮から一歩も外に出ていないと聞いている。
お兄様がこの屋敷に来るなんて……。大事件の予感がする。
私は侍女のアンネを呼び出すと、手早く準備を整える。
お兄様は忙しい。たぶんそれほどの時間はとれないはず。
いったい、どんな用件なのかが気になる。
足早に廊下を進み、お兄様の待つ応接室の扉を開いた。
そこには、変わらない青い色彩と、優しい微笑みのお兄様がいた。
いや……。どこか、違和感がある。
少しだけワイルドな印象というか……。いつも、どこか自信がなさそうなお兄様の印象が、今日は明らかに違う。
――なぜか自信に満ち溢れているように感じるのだろう。
「お兄様?」
「久しぶり。セリーヌ、元気そうでよかった」
元気でしたけど……。なんだかおかしいですお兄様。何がおかしいって、はっきり言えませんけど。
「いつもと雰囲気が違いませんか?」
「夢を見たんだ」
え? 夢ですか。奇遇ですね! 私も見ました、チビもふもふの夢です。
思わず楽しい会話の花を咲かせようとした私は、次の瞬間のお兄様の言葉を聞いて凍り付いた。
「――勇者だったころの夢を見た」
「何を思い出したのですか?」
「アイリを忘れ裏切ったこと。アイリと顔を合わせづらくなって、目覚めてすぐここに来たんだ」
「ああ……。でも、それも含めてアイリ様はお兄様のそばにいてくれるんだと思いますよ?」
「やはり、セリーヌは詳しく知っているんだな」
「はい?」
お兄様がニッコリと笑った。この笑顔を見たとき、言い負かされなかったためしがない。
「……あの、ガトーショコラ。いいえっ、新作のアイスクリームというデザートが!」
「何があったかある程度は知っているつもりだが……詳しく話してくれるよな?」
お兄様の表情が、宰相候補として、数々の難題を解決していたときの、それになった。
うわぁぁ……。ベルン様は、どうしてこういうときに限っていないんですか。
余計なことまで話してしまったら、お兄様はショックを受けて勇者様みたいに旅に出てしまいそうだ。
固まる私と、逃がしてくれそうもないお兄様。
次の訪問者が現れるまで、その沈黙は続くのだった。
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