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もう一度会いたかったから。
しおりを挟むユリア殿下が優雅に去れば、長い廊下には、誰もいなくなった。
無言のまま進むベルン公爵を追いかけて、そっと手を繋ぐ。
「……強くなろうと決めたのに」
ベルン公爵は、立ち止まるとそうつぶやいた。
「ベルン様は、誰よりも強いですよ。いつも守ってくれますし」
そういう意味でないのは、分かっていながらも私はそう答える。
「……強い自分でいたいのに、セリーヌの前では、いつも仮面が剥がれ落ちてしまう。あの部屋にいた、元の弱い自分に戻ってしまう」
「そんなの……」
喜んでいい場面じゃないのに、喜んでしまう。私の前でだけ、偽りのない自分でいられるということなら。
そのまま、握る手に力を込める。
握り返してくるその手は、温かくて、モフモフしている。
――――モフモフ。
顔を上げれば、既に王子様は、モフモフにその姿を変えていた。
「…………既にこの姿でいる方が、自然体でいられるのが困るな」
「……どんなベルン様でも、受け入れる準備はあります」
たぶん、表情が他の人には見えないその姿は、今のベルン公爵にとって、都合が良いのだろう。
それでも、少しだけ笑ったことが、私にはわかる。
そのまま、暖かい毛並みに埋まるように抱きしめられる。
「惚れ直しても、いいかな」
「嬉しいけれど、困ります」
ただでさえ、愛が重めなのに、これ以上なんて、あるんですか?
「まあ、毎日惚れ直しているから、いまさらか。愛しすぎて、この気持ちを、持て余してしまっている」
「えっ」
冗談……。じゃないんですか。
「本気だよ」
……心を読まないで下さい。
重い愛情のパラメーターが、日に日に上がっている? それって、溺愛あるいは、まさかのヤンデレルート。
――――いやいや、そんなバカな。
抱きしめられたまま、しばらくの沈黙が流れた。
――――うーん。でも私も毎日惚れ直しているから、おあいこですね?
「……そこまで口にする勇気、ないですけど」
「ん? 何か言った?」
「何でもないです」
しばらく私がすりすりと、毛並みをを堪能している間に、ベルン公爵は心の整理をつけたらしい。
「祝福したいんだ、二人を。……それでも、隣国のカイル・ルドラシア王太子殿下の隣に、ユリア殿下が立つ姿を見るたびに、そこにいるのは姉上だったのにと思うだろう。あの時、もしも、あと少しでいいから姉上の帰りが遅かったなら」
私だって、お姉様に会ってみたかったですよ? それでも、そうなっていたら、ここにあなたはいないじゃないですか。
肖像画に描かれた、優しい笑顔が浮かんで消えていく。その瞳は、ベルン公爵とそっくりで、いつも私の背中をそっと押してくれるみたいで。
「ひとつだけ確信していることがあります」
頬を両手で挟めば、美しい瞳が私を見つめた。
「ベルン様が、生き延びていなければ、今の私は存在していない……。私はきっと、ベルン様に会いたくてこの世界に戻って」
――――全員助けたいと祈った願いの中に、あなたがいるから、ここに戻って……。
「……ふ?」
あれ? 今、何を考えたの。
それは、誰の願いだった?
どうして、まるで自分の願いみたいに。
「セリーヌ?」
「……ベルン様が存在しなければ、きっと私もここにはいないってことです」
まるで、私の考えのようで、私の考えとは言い切れない。それでも確かに、もう一度会いたくて。
会いたいから、悪役令嬢になったのかもしれない。
明確な理由も説明できないまま、それでも確かにそれは事実なのだと、思わずにはいられなかった。
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