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夜の妖精と蜂蜜のささやき。
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ベルン公爵が、好きだなと、再度認識させられる。
今日、目の前にいるのは、隣国風の片方の肩だけにかけられたマント、濃紺の色に身を包んだ私の好みと夢を詰め込んだお姿の、王子様。
「――――完璧すぎる。これで、モフモフに変身するとか、神ですか」
「セリーヌの言っていることが、理解困難なのだが。褒められているのかな?」
「全力の最大の賛辞です!」
「そう」
その瞬間、甘い香りの薄緑の縁をした白い薔薇が、咲いたような気がした。破壊力。
その破壊力を目の当たりにした直後、私はやはり隣国風の私の衣装に視線を落とす。
隣国では、甘いテイストのドレスが流行っているようだ。
胸元は鎖骨を出してフリルに彩られ、華奢なチェーンのついた淡い緑の宝石が控えめに輝く。裾の広がりすぎない、森にいる妖精のようなデザイン。
淡い紫色をしたショールが、私の悪役令嬢にふさわしい紫の髪の毛の強い印象を、グラデーションで誤魔化している。
「――――あの、この衣装」
私には似合わない上に、ベルン公爵が素敵すぎて、隣に立つの厳しいのですが。
「そうだな。ちょっと露出が多すぎないか?」
「え?」
決して露出は多くない。むしろ、清楚な印象のドレスだけれど。
私としては、悪役令嬢として構築された私の見た目に、フォレストガール的なドレスは似合わないのではないかと言いたかったのですが……。
「いや、昼間の妖精にはない、夜の妖精というか……。夜の泉に現れた、女神。そして、その姿を見た人間すべてが振り返る完璧なプロポーション。だめだ! 隣国のすべてを虜にしてしまう!」
「はぁ」
なんだか、自分にこのドレスのテイストが似合わないかもしれない事なんて、どうでもよくなってくる。賛辞の言葉も、限度を超えると、逆に相手を冷静にさせるのね。
「ちょっと。蜂蜜よりも甘い台詞とか、見ているだけで勘弁だわ。行くわよ!」
なぜか、準備万端な状態で現れたアイリ様は、完全に隣国の流行を自分のものにしている。
柔らかなストロベリーブロンドの髪の毛は、緩く巻かれて、大輪の薔薇をイメージした髪飾りに彩られる。
真珠と、薔薇を模した首飾り。
幾重にも重ねられた、妖精の羽みたいなドレス。
完璧だ。完璧なヒロインがそこにいる。
ただ、唯一残念なのは、ここに来る前よりも、なぜか禍々しい印象を増しているような、古びた腕輪がテイストにあっていないことだ。
「――――あの、その腕輪」
「外れないの」
え……。付けたら外せない系の呪いが付いている腕輪ですか?
聖女なんですから、呪いを解いたらいいじゃないですか・
「――――っ。外せるのよ! でも外したらセルゲイが……」
とたんに真っ赤に頬を染めてしまったアイリ様。
兄、いったい彼女に何を言ったんですか。気になるではないですか。
「……さ、行こうか。ところで、アイリ殿もついてくる気なのか?」
「失礼ね。王太子妃が、訪れているのが、すでに先方にばれているのに、行かないわけにもいかないでしょう?」
「そうならないように、裕福な商人の家族に見立てて、訪れるように偽装したのだが」
重い溜息が、エントランスホールに響き渡る。
もしかして、ベルン公爵がこの地に来ることになったのは、私たちの失態をフォローするためだったのだろうか。
私に会いたくて、全てを投げうって来てしまったのではないかと、一瞬思ってしまった。
「――――ま、セリーヌを迎えに来る口実になって、良かったかもしれないな」
そんな私の思考を、たぶん読んでしまった王子様が、私のほうを見て意地悪気に笑う。
「やってられないわ」
それだけ言うと、アイリ様は慈愛にあふれる聖女の仮面を被ってしまう。
珍しすぎることに、疲労感をにじませているエルディオ様のエスコートを優雅に受ける。
たぶん、ベルン公爵の無茶な外交手腕に付き合わされたに違いない。
それとも、やっぱり私たち二人のせいなのだろうか?
アイリ様の流れるような動き。その所作は、以前より格段に洗練されていて、王妃にふさわしい威厳すら感じる。
本当に、いつものことだけれど、この変化は見事だわ。
そして、たゆまぬ努力を続けていることを目の当たりにして、私も頑張ろうと心に誓う。
「行こうか。俺の愛しい、夜の妖精」
「出先で、その呼び方したら、怒りますよ」
差し伸べられた、その手に自分の手を添えて、私はぷぅとほっぺを膨らませた。
「承知した」
もう一度、少し意地悪にも見えるいたずらっぽい微笑みをしたベルン公爵は、行きの馬車の中で、わざとなのか、ずっと私のことを夜の妖精と呼び続けるのだった。
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