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元悪役令嬢と年下王子 3
しおりを挟む(…………レザールきゅん?)
あれ、どうして第7王子レザール・ウィールディア様に対してそんな呼び方したのかしら?
不思議に思いながら私は小さく首を傾げた。
「…………あの、ご迷惑だったでしょうか?」
少しだけ遠慮がちにこちらを見下ろすその瞳。
私は、椅子から立ち上がり、優雅に礼をする。
「そんなはずありませんわ。今日は、ラペルト殿下はいらっしゃらないようです。ところで、もうお勉強は終わったのですか?」
「もちろん、全て終わらせて来たに決まっています! お姉様に失望されたくないですから」
「さすがですわ」
「ありがとうございます!!」
末の王子で、王位継承権からは遠いと言われているレザール様は、魔力が歴代王族の中でも高く、将来は王立魔術師団長になるだろうと言われている。
勤勉で、幼いながらも魔術に秀で、人格も素晴らしい末の王子は、正妃の子どもではない。
しかも側妃だったお母様は、レザール様を生んだときに命を落としたという……。
「……よろしければ、一緒にお茶でもいかがですか?」
「よろしいのですか!?」
無邪気に喜ぶ姿が微笑ましいな、と思いながら紅茶をカップに注ぎ、お菓子を差し出す。
レザール様は、14歳にしては小柄な体で、優雅に私の前に座った。
「ラペルト兄上は、いらっしゃらないのでしょうか」
「そうね……。お忙しいようですね。今日は、いらっしゃらないと思います」
王太子ラペルト・ウィールディア殿下は今日はいらっしゃらないのではない。
毎日いらっしゃらないのだけれど……。
噂では、聖女と認定された、ララベル・ロイス男爵令嬢と一緒に過ごしているらしい。
次期国王になるものとして、今はとても大切な次期なのに、王太子教育にも積極的ではないと聞く。
ため息をつこうとした次の瞬間、私は息を止めた。
「そうですか!」
なぜか、満面の笑みを見せたレザール様。
私が、王妃教育を終えて、束の間の休息を取っていると、最近なぜか必ずレザール様はこの場所に現れる。
……お母様がいらっしゃらないから、私のことを家族のように慕ってくれているのよね?
公爵家の一人娘として生まれ、やはり母を早くに亡くした私も、親の愛情を一身に受けてきたわけではないけれど……。
「そういえば、お姉様はもうすぐ王立学園をご卒業されますね」
「そうね……」
貴族は必ず通うことを義務づけられている王立学園を卒業すれば、この国では大人と見なされる。
今は、レザール様とこういう風に会うことが出来るけれど、これからはきっと……。
「……お祝い、しなくてはいけませんね」
そのことをきっと目の前の少年も理解しているのだろう。
王太子妃の婚約者と、末の王子という関係では、お互いのことを姉弟のように慕っていたとしても、取らなくてはいけない距離というものがあるのだから。
なぜか、まっすぐに私のことを見つめたレザール様の瞳に、少しだけ暗い影が差したのは、急に太陽が雲に隠れてしまったせいなのだろうか。
「…………レザール様?」
「お姉様、幸せになってくださいね?」
「ありがとう。そうね、この国に貢献できる王太子妃になるわ」
この後、卒業式の真っ最中に、私は婚約破棄と聖女を貶めたという濡れ衣を着せられて、五十歳年上の辺境伯に嫁ぐために、辺境に去ることになった私。
……あの頃に、あまりよい思い出はない。
それでも、レザール様と過ごした小さなお茶会だけは、いつだって心を温めてくれる大切な思い出なのだった。
***
「…………ん」
窓から降り注ぐ朝日。
魔術師団本部は、王都の中心部からは少し離れた場所にある。
広大な敷地は、緑にあふれて鳥の住処もあるのだろう。
毎朝爽やかな小鳥のさえずりに目を覚ます生活が、私は思いのほか気に入っている。
ベッドの中からしばし起き上がることも出来ずに、私は思わず寝返りを打つ。
あの頃の夢は、灰色で、辛いことばかりが起きる。
だから、起きたときには動悸がして、時には泣いてしまっていることもあった。
けれど、今日の夢は、陽だまりの中のように暖かくて、幸せだった。
何よりも……。
「うう、やっぱり乙女ゲーム時代のレザールきゅんは、この世界に降り立った天使!!」
当時の私は、まだ違う世界で暮らしていた記憶を取り戻していなかったから、レザール様のことを可愛らしいとは思っても、とことん鑑賞しようとは思っていなかった。
けれど、あの頃の記憶を再生すれば、そこには世界で一番可愛らしくて尊い推しの姿。
「ああああ! あの頃の私に伝えたい! そこに、推しはいるんだよ!! と!!」
もう一度あの頃の夢が見られないかと、頭から布団をかぶった時、部屋の扉が控えめに五回叩かれた。
それは、セバスチャンが来客を告げるときの叩き方だ。
仕方がないので、私は起き上がってきちんと身なりを整えると、部屋の外に出る。
まさか、彼が王都まで押しかけてきてしまうなんて、知りもしないで。
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