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唯一欲しいと思った宝物
しおりを挟む「――――何から話したらいいのでしょうか」
「全部話してくれ」
「そうですね……」
ベリアスを前に、ルナシェは逡巡した。
もちろんルナシェは、全部を話すつもりがない。
話すとしても、ベリアスがこの世を去ってしまうまでの出来事だけだと決めている。
ベリアスがいなくなった後、ルナシェが断頭台で露と消えてしまうこと、そんなことは言えるはずがない。
「えっと、婚約式にベリアス様は来ませんでしたよね」
「す、すまなかった!」
直角に腰を折り曲げてルナシェに謝罪したベリアス。
そんなつもりで言ったのではなかったルナシェ。
「――――違うんです。ううん、来なかったことはよく考えたら悲しかったです」
「…………」
でも、王国のために仕方がなかったのだということも分かる。ルナシェだって、同じ気持ちだ。
だから、ルナシェは全身で申し訳なさを表現しているベリアスに怒りは感じない。
「はぁ。胸にわだかまりを残しているよりも、ちゃんと伝えた方がいいことってあるのですね」
「ルナシェは、我慢強すぎる」
(我慢強くなんてない。ただ、受け身でいつもいただけで)
少しだけ、唇の端をゆがめて、ルナシェはうつむいた。
「――――今から、三ヶ月弱で冬が来れば、恐らく休戦になるでしょう」
「――――そうだな。そう予想しているが」
ドクドクと胸が苦しくなる。
今いるこの場所は、その時に雪山を越えてきた敵軍の奇襲により、陥落してしまうのだ。
例年と同じ。この場所を守っていた騎士は、通常の十分の一に満たなかった。そして、副団長とともにそのほとんどが命を落とし、砦は陥落する。
「――――副騎士団長ジアス・ラジアル卿」
「……ジアス?」
急に出てきた副騎士団長ジアスの名に、少し眉根を寄せたベリアス。
その様子に気がつくことなく、ルナシェは回想する。
「ベリアス様は、婚約式から三ヶ月後。私に会いに来てくれました。けれど、その三日後に、砦が陥落したと報が入るのです」
「そんな馬鹿な……。補給線は絶たれているし、隣国からこの場所への道は閉ざされているはず」
「誰かが、先導したのです。恐らく、国内に協力者がいたのでしょう………」
やり直し前の人生では、その先導をしたのがルナシェということになっていた。
その濡れ衣により、ルナシェの処刑が決まったのだ。
(怖い…………。でも)
あの瞬間を思い出すだけで、怖くて仕方がない。
すべての五感を奪われ、何も分からない状態で虚空に放り投げられたような恐怖だ。
「ルナシェ、顔色が悪い。今、無理に話す必要は」
そっと頬を触れられたことで、目を閉じていたことに気がついたルナシェは、顔を上げた。
目の前には、ベリアスがいる。その表情を見る限り、なぜかルナシェよりもつらそうだ。
「――――その後は、泥沼です。戦線は南下…………。次に、私とベリアス様が会えたのは、結婚式の当日。しかも、式を終えてすぐにベリアス様は、戦場に戻りました」
(ここより先の話は、本人を前に言いたくない…………)
頬に触れたままの、ベリアスの手にそっとルナシェは手を重ねた。温かいベリアスの手。
あんなに、近づきたくて、近づくことができなかった二人の距離は、あの時よりもずっと近くにある。
「――――俺は、死んだのか」
「ベリアス様」
「それで」
暗くなりつつある部屋の中、ルナシェの髪はまるで、月の光のようだ。
愁いを帯びた表情が、その光に照らされている。
「ルナシェ…………。やり直しているのか? ルナシェも死んだ。そういうことなのか?」
「っ…………。私は、ちゃんと天寿を全うしましたよ」
そんな言葉を告げながら、ベリアスのことをまっすぐ見ることができないルナシェ。
けれど、ベリアスはその言葉を否定することなく、まっすぐにルナシェを見つめた。
「そうか…………」
少しだけ、怒ったような声音で、ルナシェに近寄ってくるベリアス。
思わず数歩後ずさったところで、ベッドに膝裏が当たって勢いよく腰掛けてしまったルナシェ。
髪の毛が乾いてきたベリアスの髪は、普段のボサボサした質感に逆戻りしている。
そのまま、ベリアスはルナシェを静かに見下ろした。
(う…………。そんなに見つめられたら)
音のない室内。ベッドと、執務机に椅子。本当に最低限の物しかない部屋。
その場所で、二人はしばしの間、見つめ合う。
不意にベリアスは、ルナシェの前にしゃがみ込んだ。
いつもとは違ってベリアスが、ルナシェを見上げる。
「それでは、今度は俺の話を聞け?」
「――――ベリアス様」
「――――その前に」
部屋に響いた小さなリップ音。
そっと寄せられた唇は、ほんの一瞬触れただけで、静かに離れていく。
「あ…………」
「これから、ルナシェが嘘を言うたびに、こうしてお仕置きすることにする」
真っ赤になってしまったルナシェを見上げるベリアスは、ほんの少し頬を緩め、目を細めた。
「…………ルナシェは、生きている意味なんてない、と思った人生で、唯一ほしいと思った宝物だから。ルナシェ自身にだって、ないがしろになんてさせない」
その言葉は、まっすぐにルナシェの心を握りつぶしてしまった。
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