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瑠璃色の瞳の兄と妹
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***
ミンティア辺境伯家の嫡男アベルは、幼い頃から、魔塔で作り出されたという魔道具に奇妙なほど心引かれた。
けれど、それは趣味の範囲で興味を持つ程度のものだった。
今まで、深窓の令嬢として、自分に求められる役割に忠実に、ある意味つまらない人生を送っていたルナシェが変わった。たった一人で役目のために立った、あの婚約式のあの日までは。
婚約式の後、シェンディア侯爵家にともに行くために、アベルはルナシェを探していた。
本当は、一生に一度しかない婚約式にさえ現れない、ベリアス・シェンディアを一発殴りに行きたかった。
だが、戦況がそれを許さず、激戦の地でありながら、最小限の被害しか受けていないのは、ベリアスが第一騎士団長としての職務を忠実に全うしているからだということもアベルは理解していた。
「アベル・ミンティア辺境伯令息殿」
その時、アベルの目の前に黒い髪と瞳をした長身の男性が現れた。
首元に手が届いてしまいそうなほど近くに来るまで、気配を感じることが出来なかったその男は、一通の手紙をアベルに差し出した。
「――――それは」
「黒鷹商会の長、ガストから急ぎのご連絡です」
嫌な予感を感じつつ、封蝋すらされていない手紙を急ぎアベルは開ける。
手紙の筆跡は、いつも丁寧な商会長ガストには珍しく、走り書きだ。
それだけで、どれほど急いでその手紙が書かれた察することができる。
「…………ルナシェが?」
そこには、ルナシェが婚約式の直後に、ベリアス・シェンディアの元に行くと、最低限の荷物を持って旅立ったということが記されていた。
「あの、ルナシェが?」
もしかすると、何かの事件に巻き込まれたのだろうかとすら、アベルは思った。
しかし、ガストは裏の世界でも顔が利くとは言っても、その商売は誰かを傷つけるようなものではなく、信頼できる人間だ。
「死を体感したような瞳の令嬢。面白いとは思いませんか?」
「は?」
アベルは、目の前の男を、薄ら寒く思いながら見た。
「そして、あなたは、知っているはずだ」
「――――なにを」
男の手が、アベルの瑠璃色の瞳を指し示した。
ベリアスがルナシェに贈った宝石と同じ色の瞳。
ルナシェとアベルの瞳は、全く同じ色をしている。
完璧に役割をこなす執事のような礼。
アベルが瞬きをした、次の瞬間、黒い髪と瞳の男の姿は、消えていたのだった。
***
その後、急ぎの護衛を追いかけさせて、ルナシェがベリアスと確かに合流することをアベルは確かめた。しかし、その後も、アベルの困惑は続く。
「ルナシェが、ベリアス殿の元からも姿を消した?」
不思議なことに、ルナシェはアベルが知っている妹ではなくなっているようだ。
確かめなくてはならない。その気持ちだけが、アベルの思考を埋め尽くす。
その日、最低限の準備だけで、アベルは激戦の地ドランクへと足を向けた。
「これは、これは。手紙は見ていただけたのでしょうか。アベル・ミンティア辺境伯令息殿」
ミンティア辺境伯家の持つ情報網を使えば、すぐに商会長ガストを見つけることが出来た。
暗い路地裏。ドランクの街の住人すら近寄ることのない暗い路地裏。
その奥の奥に、あまりに非現実的なほど豪華で重厚な建物。そこにガストはいた。
「……わざと、俺の前に姿を現したように思える」
「そうでしょうか……。本日の御用向きは」
「白薔薇姫」
「――――ご命令、でしょうか」
ここでもアベルは違和感を感じた。
黒鷹商会のトップを務めるガストという男は、良くも悪くも商人だ。
悪事には手を染めないが、その思考の根本は利益を上げることだ。
だが、目の前にいるガストは、明らかに何かを知った上で、利益に反する行動をとっているようだ。
「…………」
命令すれば、ガストは答えるだろう。
だが、それでは信頼を得ることは出来ない。
ミンティア辺境伯家にとって、黒鷹商会はなくてはならない情報網であり、相棒だ。
そして、今現在、アベルにとって一番の優先事項は、妹、ルナシェの身の安全だった。
「いや、今日は妹を案ずる兄として頼もう。そうだな? 大切なコレクションの中から、いくつかの魔道具を手放すことにしよう」
「は?」
ガストが、目を見開いて、動揺したような表情を見せた。
いつも商人らしい少しうさんくさい笑顔を崩さない糸目の男ガスト。
そのガストの表情を崩せるなんて小気味がよいと、アベルは密かに思う。
「あの……。どうして、そんなものを提示するのですか? 対価など払わずとも、命令すればよいではないですか」
「――――ガスト殿は、なぜルナシェを隠した?」
「……そこまで掴んでいるのなら、なおさら」
「ルナシェのためを思ってではないのか」
王国ではよくある茶色の瞳が、もう一度見開かれ、アベルをまっすぐに見つめた。
「ご冗談を。俺は商人です」
「しかし、深窓の令嬢だと思っていた妹が、こんな行動をした。最近、俺は人間というものは一面だけで捕らえられないと改めて認識したばかりでな」
「ふ、ふふ!」
「何がおかしい」
「失礼いたしました。しかし、兄妹そろって、こんなにも変わるとは」
確かにアベルも、自分の行動が変わったと感じずにはいられなかった。
今までであれば、ルナシェがいくら突飛な行動をしたからといって、そして妹の安全が心配だからといってアベルが直接この地を訪れるなんてなかっただろう。
「…………このままでは、また、失ってしまいそうだからな」
「――――何を言っておられるのですか」
「俺自身も、何でこんなことを言っているのか不思議に思っている。だが……」
なぜなのか。間に合わなかった、ルナシェの体を抱きしめて、アベルが慟哭していた。
そんな記憶があるように思えるのは……。
美しい瑠璃色の宝石を握りしめて、また守れなかったと後悔で身を焦がしているような気がするのは。
「お願いだ。ガスト、あなたとは友人でいたい」
「……あんたら、変ですよ」
ガストから、敬語が消える。
それは、たしかにガストがアベルのことを友人と認めたからに他ならない。
この日から、黒鷹商会とミンティア辺境伯家の関係は、商売や損得を超えたものとなった。
それは、王国の未来を、ミンティア辺境伯領の未来を変えていく出来事なのだが、今の二人が知ることではなかった。
***
ルナシェが匿われていた場所は、ミンティア辺境伯家ですら、探し出すのに数ヶ月はかかりそうなほど、厳重に隠されていた。
茶色のワンピースに白いエプロン。
庶民の格好をしていても、なぜか高貴に見えてしまう白薔薇姫。
アベルの妹は、そんな存在だ。
横をすり抜けて、逃げだそうとした手首を思わず強く掴む。
しかし、ルナシェはその夜、アベルとともに帰るのではなく、ベリアスと過ごすことを選んだ。
帰り道、久しぶりに兄妹そろって並んだ馬車の中。
明らかに、二人の間には何もなかったことを察し、ベリアスのルナシェに対する過保護さと意気地のなさを再認識しつつも、やはり一回殴っておけばよかったと思うアベル。
そんな兄の気持ちを知りもせず、うれしそうに、アベルの妹、ルナシェは瑠璃色の宝石を光に透かした。
きっと、誰しもがこの笑顔を見れば、辺境の白薔薇が、ただいつも美しく微笑んでいるだけの存在だなんて思わないだろう。
「……本当によかったのか?」
その笑顔を引き出したのは、間違いなくベリアス・シェンディアだ。
だから、もしかするとルナシェは、どんなに危険だとしても、ベリアスのそばにいるのがいいのではないか。
アベルは、そう思わずにはいられない。いつも、領民を一番に考えているのにもかかわらず。
「ルナシェの兄として、こんなことを言うのは、今この瞬間だけだ。よほどの理由があったのだろう? ルナシェが、わがままだけでこんなことするはずない」
「お兄様……」
ベリアスと思いを通わしたらしい妹の幸せそうな顔に、アベルは安堵と少しのいらだちを感じながら会話を続ける。
その時、ルナシェが握りしめた瑠璃色の宝石にアベルは違和感を感じた。
確かに、そのネックレスとイヤリングには、何かの力が込められていた。
魔塔で作られ、あるいは力を込められた道具と同じでありながら、とても強い力が。
その瞬間、冷たくなったルナシェの体を抱きしめて、慟哭している記憶が、アベルの脳裏に浮かぶ。
また、間に合わなかった。どうして繰り返すのか。
妹を、守れない。
慟哭は重なる。それは、アベルの思考ではないようだ。だが、確かに……。
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、アベルはもう一度ルナシェの握りしめる宝石を見つめた。
何かの力が込められていたのに、婚約式前後で空になってしまった瑠璃色の宝石。
それが意味するものは……。
「魔塔、か」
ギアードのさらに東端にあるという魔塔。
記憶が次々と蘇っていく。
それならば、ルナシェの変化も、その瞳がどこか深淵をのぞいたようになってしまった理由も理解できる。
その日から、アベルは魔塔の場所を探すことに、すべてを注いだ。
そして、黒い髪と瞳の男は、再びアベルの前に現れた。黒い封筒に金の封蝋が施された手紙を手にして。
「お久しぶりです、アベル殿。……姫様にこの手紙が届きました」
何通も届く、黒い封筒。
それは、特別な人間だけが手にすることが出来る、魔塔からの招待状だ。
アベルはその手紙を手にする。
それは、かつての人生で受け取ったよりも、ずいぶん早くアベルの元に届いた。
あのとき、もうすこし早く動き出していれば、ルナシェを助けることも叶っただろう。
だが、あのときに戻ることは出来ない。
アベルは、ギアードに向けて旅立った。
それは、ベリアスが彼の地を手に入れる、少し前の出来事だった。
ミンティア辺境伯家の嫡男アベルは、幼い頃から、魔塔で作り出されたという魔道具に奇妙なほど心引かれた。
けれど、それは趣味の範囲で興味を持つ程度のものだった。
今まで、深窓の令嬢として、自分に求められる役割に忠実に、ある意味つまらない人生を送っていたルナシェが変わった。たった一人で役目のために立った、あの婚約式のあの日までは。
婚約式の後、シェンディア侯爵家にともに行くために、アベルはルナシェを探していた。
本当は、一生に一度しかない婚約式にさえ現れない、ベリアス・シェンディアを一発殴りに行きたかった。
だが、戦況がそれを許さず、激戦の地でありながら、最小限の被害しか受けていないのは、ベリアスが第一騎士団長としての職務を忠実に全うしているからだということもアベルは理解していた。
「アベル・ミンティア辺境伯令息殿」
その時、アベルの目の前に黒い髪と瞳をした長身の男性が現れた。
首元に手が届いてしまいそうなほど近くに来るまで、気配を感じることが出来なかったその男は、一通の手紙をアベルに差し出した。
「――――それは」
「黒鷹商会の長、ガストから急ぎのご連絡です」
嫌な予感を感じつつ、封蝋すらされていない手紙を急ぎアベルは開ける。
手紙の筆跡は、いつも丁寧な商会長ガストには珍しく、走り書きだ。
それだけで、どれほど急いでその手紙が書かれた察することができる。
「…………ルナシェが?」
そこには、ルナシェが婚約式の直後に、ベリアス・シェンディアの元に行くと、最低限の荷物を持って旅立ったということが記されていた。
「あの、ルナシェが?」
もしかすると、何かの事件に巻き込まれたのだろうかとすら、アベルは思った。
しかし、ガストは裏の世界でも顔が利くとは言っても、その商売は誰かを傷つけるようなものではなく、信頼できる人間だ。
「死を体感したような瞳の令嬢。面白いとは思いませんか?」
「は?」
アベルは、目の前の男を、薄ら寒く思いながら見た。
「そして、あなたは、知っているはずだ」
「――――なにを」
男の手が、アベルの瑠璃色の瞳を指し示した。
ベリアスがルナシェに贈った宝石と同じ色の瞳。
ルナシェとアベルの瞳は、全く同じ色をしている。
完璧に役割をこなす執事のような礼。
アベルが瞬きをした、次の瞬間、黒い髪と瞳の男の姿は、消えていたのだった。
***
その後、急ぎの護衛を追いかけさせて、ルナシェがベリアスと確かに合流することをアベルは確かめた。しかし、その後も、アベルの困惑は続く。
「ルナシェが、ベリアス殿の元からも姿を消した?」
不思議なことに、ルナシェはアベルが知っている妹ではなくなっているようだ。
確かめなくてはならない。その気持ちだけが、アベルの思考を埋め尽くす。
その日、最低限の準備だけで、アベルは激戦の地ドランクへと足を向けた。
「これは、これは。手紙は見ていただけたのでしょうか。アベル・ミンティア辺境伯令息殿」
ミンティア辺境伯家の持つ情報網を使えば、すぐに商会長ガストを見つけることが出来た。
暗い路地裏。ドランクの街の住人すら近寄ることのない暗い路地裏。
その奥の奥に、あまりに非現実的なほど豪華で重厚な建物。そこにガストはいた。
「……わざと、俺の前に姿を現したように思える」
「そうでしょうか……。本日の御用向きは」
「白薔薇姫」
「――――ご命令、でしょうか」
ここでもアベルは違和感を感じた。
黒鷹商会のトップを務めるガストという男は、良くも悪くも商人だ。
悪事には手を染めないが、その思考の根本は利益を上げることだ。
だが、目の前にいるガストは、明らかに何かを知った上で、利益に反する行動をとっているようだ。
「…………」
命令すれば、ガストは答えるだろう。
だが、それでは信頼を得ることは出来ない。
ミンティア辺境伯家にとって、黒鷹商会はなくてはならない情報網であり、相棒だ。
そして、今現在、アベルにとって一番の優先事項は、妹、ルナシェの身の安全だった。
「いや、今日は妹を案ずる兄として頼もう。そうだな? 大切なコレクションの中から、いくつかの魔道具を手放すことにしよう」
「は?」
ガストが、目を見開いて、動揺したような表情を見せた。
いつも商人らしい少しうさんくさい笑顔を崩さない糸目の男ガスト。
そのガストの表情を崩せるなんて小気味がよいと、アベルは密かに思う。
「あの……。どうして、そんなものを提示するのですか? 対価など払わずとも、命令すればよいではないですか」
「――――ガスト殿は、なぜルナシェを隠した?」
「……そこまで掴んでいるのなら、なおさら」
「ルナシェのためを思ってではないのか」
王国ではよくある茶色の瞳が、もう一度見開かれ、アベルをまっすぐに見つめた。
「ご冗談を。俺は商人です」
「しかし、深窓の令嬢だと思っていた妹が、こんな行動をした。最近、俺は人間というものは一面だけで捕らえられないと改めて認識したばかりでな」
「ふ、ふふ!」
「何がおかしい」
「失礼いたしました。しかし、兄妹そろって、こんなにも変わるとは」
確かにアベルも、自分の行動が変わったと感じずにはいられなかった。
今までであれば、ルナシェがいくら突飛な行動をしたからといって、そして妹の安全が心配だからといってアベルが直接この地を訪れるなんてなかっただろう。
「…………このままでは、また、失ってしまいそうだからな」
「――――何を言っておられるのですか」
「俺自身も、何でこんなことを言っているのか不思議に思っている。だが……」
なぜなのか。間に合わなかった、ルナシェの体を抱きしめて、アベルが慟哭していた。
そんな記憶があるように思えるのは……。
美しい瑠璃色の宝石を握りしめて、また守れなかったと後悔で身を焦がしているような気がするのは。
「お願いだ。ガスト、あなたとは友人でいたい」
「……あんたら、変ですよ」
ガストから、敬語が消える。
それは、たしかにガストがアベルのことを友人と認めたからに他ならない。
この日から、黒鷹商会とミンティア辺境伯家の関係は、商売や損得を超えたものとなった。
それは、王国の未来を、ミンティア辺境伯領の未来を変えていく出来事なのだが、今の二人が知ることではなかった。
***
ルナシェが匿われていた場所は、ミンティア辺境伯家ですら、探し出すのに数ヶ月はかかりそうなほど、厳重に隠されていた。
茶色のワンピースに白いエプロン。
庶民の格好をしていても、なぜか高貴に見えてしまう白薔薇姫。
アベルの妹は、そんな存在だ。
横をすり抜けて、逃げだそうとした手首を思わず強く掴む。
しかし、ルナシェはその夜、アベルとともに帰るのではなく、ベリアスと過ごすことを選んだ。
帰り道、久しぶりに兄妹そろって並んだ馬車の中。
明らかに、二人の間には何もなかったことを察し、ベリアスのルナシェに対する過保護さと意気地のなさを再認識しつつも、やはり一回殴っておけばよかったと思うアベル。
そんな兄の気持ちを知りもせず、うれしそうに、アベルの妹、ルナシェは瑠璃色の宝石を光に透かした。
きっと、誰しもがこの笑顔を見れば、辺境の白薔薇が、ただいつも美しく微笑んでいるだけの存在だなんて思わないだろう。
「……本当によかったのか?」
その笑顔を引き出したのは、間違いなくベリアス・シェンディアだ。
だから、もしかするとルナシェは、どんなに危険だとしても、ベリアスのそばにいるのがいいのではないか。
アベルは、そう思わずにはいられない。いつも、領民を一番に考えているのにもかかわらず。
「ルナシェの兄として、こんなことを言うのは、今この瞬間だけだ。よほどの理由があったのだろう? ルナシェが、わがままだけでこんなことするはずない」
「お兄様……」
ベリアスと思いを通わしたらしい妹の幸せそうな顔に、アベルは安堵と少しのいらだちを感じながら会話を続ける。
その時、ルナシェが握りしめた瑠璃色の宝石にアベルは違和感を感じた。
確かに、そのネックレスとイヤリングには、何かの力が込められていた。
魔塔で作られ、あるいは力を込められた道具と同じでありながら、とても強い力が。
その瞬間、冷たくなったルナシェの体を抱きしめて、慟哭している記憶が、アベルの脳裏に浮かぶ。
また、間に合わなかった。どうして繰り返すのか。
妹を、守れない。
慟哭は重なる。それは、アベルの思考ではないようだ。だが、確かに……。
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、アベルはもう一度ルナシェの握りしめる宝石を見つめた。
何かの力が込められていたのに、婚約式前後で空になってしまった瑠璃色の宝石。
それが意味するものは……。
「魔塔、か」
ギアードのさらに東端にあるという魔塔。
記憶が次々と蘇っていく。
それならば、ルナシェの変化も、その瞳がどこか深淵をのぞいたようになってしまった理由も理解できる。
その日から、アベルは魔塔の場所を探すことに、すべてを注いだ。
そして、黒い髪と瞳の男は、再びアベルの前に現れた。黒い封筒に金の封蝋が施された手紙を手にして。
「お久しぶりです、アベル殿。……姫様にこの手紙が届きました」
何通も届く、黒い封筒。
それは、特別な人間だけが手にすることが出来る、魔塔からの招待状だ。
アベルはその手紙を手にする。
それは、かつての人生で受け取ったよりも、ずいぶん早くアベルの元に届いた。
あのとき、もうすこし早く動き出していれば、ルナシェを助けることも叶っただろう。
だが、あのときに戻ることは出来ない。
アベルは、ギアードに向けて旅立った。
それは、ベリアスが彼の地を手に入れる、少し前の出来事だった。
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