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第1章

葡萄色の瞳と課せられた使命。

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「顔を上げろ」

 その言葉通りに、礼は崩さないまま、前を見据えれば、葡萄色の瞳と目があった。

「は……」

 短く息が漏れる。
 不敬に当たるとか、間抜けな顔になっているだろうとか、考える余裕すら、私にはない。
 だって、同じ色をしている。

 背丈の差が大きい上に、礼を取るため屈む私を見下ろしていた陛下は、徐に片方の膝を床について、私と視線を合わせてきた。陛下の顔が、私よりも下にある。

 え? どうして私の前に、跪くの。

 陛下の顔が近づいてきて、私の瞳を覗き込む。
 ゾワリと背中が粟立つ感触とともに、何かが私の体に流れ込んでくる。

「本当に、魔力がないのだな」

 あ、えっ? それが確かめたかったのですか?
 聞いて頂ければ、答えることができたのに。

 たしかに私には、魔力がない。
 ルンベルグ家は、長い歴史がある。それでも、歴代の中で魔力を持たない人間は、数えるほどしかいなかったという。

 その残念な人間が、私。

 そして、さらに残念なことにその全てが、短命だったらしい。けれど、病気や虚弱でというわけではなく、運命に定められていた死だったと、先日18歳になった時に、入らせてもらった禁書庫の本に記されていた。

 悪役令嬢の運命みたい。
 たくさんフラグを折ったから、その運命から逃れられているといいけれど。

「……この国にいることを許可する」

 スッと、その葡萄色の、もしくは血のような瞳が細められる。銀の髪の毛に、赤みを帯びた瞳。同じ瞳の色でも、それを持つ人によって、ずいぶん印象が違うのだということを知った。

「陛下の広い御心に、感謝申し上げます」

 あなたの部下である将軍様に、さらわれるように連れてこられたのですが。
 まあ、私の元守護騎士様でもありますが。

 ようやく立ち上がった陛下が、「いつまで屈んでいる」と私に手を差し出す。
 その手をとっていいものが、ひととき逡巡していると、グッと手を掴まれて引き上げられる。

「…………俺に聞きたいことは、ないのか?」

 ……たくさんある。

 三年前、ディオス様と何を話したのか。
 ディオス様が、全てを捨ててベールンシア王国を去ったのはなぜなのか。
 ディオス様が、どんなふうに過ごしていたのか。

 ……そこまで考えて、聞きたいのは、ディオス様のことばかりだということに気がつく。
 私がなぜ連れてこられたのか、ということや今後の処遇など、普通に考えればたくさん聞かなければいけないことが、あるはずなのに。

「陛下」
「お前の色々な表情が見られるのが楽しくて、つい遊びが過ぎたようだ。悪かった、だからそんな顔するな」
「……いいえ、リリーナ・ルンベルグ辺境伯令嬢の滞在をお許し頂き、感謝いたします」
「利害が、一致しただけだ。ところで、次はピリア山脈側に、出たそうだ。再会を楽しむ間もなくて悪いが」

 ピリア山脈側と言えば、ガルシアとベールンシアの国境だ。山脈を越えれば、すぐにルンベルグ領もある。何が出たというのだろうか。

「……それでは、一度屋敷に戻り、急ぎ出立致します」
「ラベラハイト、お前はこの状況に、満足しているのか?」
「ええ、全てを捧げても後悔は、ありません」
「…………そうか、今後も頼む。下がって良い」

 噛み合っていないような、陛下とディオス様の会話。それでも、お互いの意図は伝わったようだ。

 私の手を掴んだままだった陛下は、手を離すと関心なんてなくなったみたいに背中を向ける。それを合図に、ディオス様は、私の手にそっと触れてエスコートする。
 
 深まっただけの疑問と、全てを捧げても、という言葉。そして、なぜか私と同じ色をした陛下の瞳。
 胸の中のモヤモヤは、増えていくばかりなのだった。
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