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第1章
快適空間と来訪者
しおりを挟むディオス様が、いなくなってしまうと、急に静かになった室内。
落ち着いて見回してみる。
ベッドは弾力があって辺境伯家のものより上等だ。ふかふかで軽い掛け布団。この無重力のような軽さは、もしかして、ピリア山脈に生息するという、幻の鳥フカフの羽毛ではないだろうか。
これ一枚で、馬車くらいなら買えそうだ。
トコトコと、部屋の端に移動する。
ウォークインクローゼットみたいなスペースに、詰め込まれた本とソファー。
前世の記憶が関係しているのか、狭いところが落ち着く私のためにわざわざ作られているに違いない。早速、いそいそとそのスペースに収まる。
ずっといられる。
詰め込まれた本は、わたしが好きな魔術書に恋愛小説。そのうちの一冊を手に取ると、ミミルーが来て紅茶を淹れてくれる。
「快適すぎるのですが」
これは、新たな戦略なのだろうか。そういえば、堕ちてください? と言われたわよね。
どれくらいの時間が経過したのだろう。今、まさに私は、堕ちている。
「姉さん」
「んっ、今いいところ」
そう、恋愛小説で、いつも助けてくれる騎士様の正体が。
「楽しそうだねぇ。リリーナ姉さん」
本が手から滑り落ちる。その本は、床に落ちることもなく漂いながら、本棚に戻された。簡単そうに見えて、細かく制御されている緻密な魔法だ。
こんなことができる人間を、私は一人しか知らない。
「ルシード、どうやってここに?」
「……聞くの?」
「え? やっぱりいい……」
なぜだろう、聞くのが怖い。
「竜に幻影魔法って効くんだね? ディオスが使ったのが、どんな手なのかはわからないけど。それに、結界も、魔王の国の割にすぐ解けた。この部屋の結界は…………。悔しいけど、最初から俺たち兄弟は通れるように、登録されていたみたいだね」
怖い。竜を使役できる人間が、ここにもいる。私の周囲だけで、二人もいる。
弟のルシードは、王国最高峰の魔術師だ。乙女ゲームでも、攻略対象なのだ。ただし、一つ年下のルシードは、二周目以降にならないと攻略できない。最年少魔術師ルシード。良い響き。
「ずっと気になっていたんだけど、姉さんが、時々俺に向ける夢見るような瞳は、なんなの?」
たしかに、弟に向ける視線ではなかった。
「……さ、帰ろう?」
ルシードが手を差し伸べてくる。この手をとれば、すぐに家に帰ることができる。
そうすれば、学園を卒業してようやく手に入れた日常が待っている。
日常。そう、穏やかな日常。
大事な何かが欠けたままの。
そう、ディオス様がいない毎日。
「っ……帰らない」
「姉さん、ガランド兄さんとシェアザード兄さんも、心配しているよ」
二人の兄の顔が浮かぶ。
大事な家族だ。いつでも、私が知らないうちに、全てから守ってくれていたこと、今なら理解できる。
それに、王立学園で一つ下のルシードも、いつも私を気にして教室に来てくれた。
クラスメイトたちの、黄色い叫びが、凄かったけれど。
「ごめんなさい。私は、ここで」
「俺たちを騙して、三年間も音沙汰なし。しかも、魔王側に寝返った男を待つの?」
身も蓋もない。でも、事実なのだろう。
それでも私は、ぬいぐるみを抱きしめて首を振る。だって、帰ってくるって言ったから。
「まぁ、その理由は、姉さんのためなのだろうけど」
ルシードの呟きは、小さすぎて聞こえない。
そして、その日から、なぜか弟のルシードは、ディオス様のお屋敷に居座ってしまったのだった。
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