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幻獣と姫 1
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十三月の離宮にある小さな私の部屋には、人気がない。その場所の静寂を破るように飛び跳ねるのは、重さのない真っ白な子猫だ。
狂喜乱舞するようなその姿を眺め、ふと幻獣は主の心を映し出す、ということを思い出す。
(……相談もなかったのだから、少し怒っているの。そう、あそこまで喜んでいないもの)
まったく前置きもなく、私は陛下の伯父さまの養女になった。
陛下の伯父さまの名は、グラン・ウェリンズ。
陛下のお母様と私のお母様が、遠い親戚だったなんて、どうして想像できるだろう。
でも、確かに貴族社会は、血の繋がりが濃い。
それは、東方ウェリンズでも、同じだったのかもしれない。
踊り子に身をやつした私のお母様は、レーウィル国王に見初められ、私を産んだ。
けれど、決してウェリンズの貴族であることを明かしはしなかった。
「……でも、もしかしたらそれは」
いくら、東方ウェリンズが、こちらでは低くみられるのだとしても、少なくとも踊り子だと言うよりは、蔑まれなかっただろう。
けれど、母が決して出自を明かさなかった理由に、今は思い当たっている。
先ほどまで飛び跳ねていたアテーナが、動きを止めてこちらをじっと見つめる。
その金色の瞳に、すみれ色の瞳以外真っ白な私が映り込んでいる。
「幻獣の力を利用されないため」
静かに歩み寄る。
そっとしゃがみ込んで、すり寄ってきたアテーナの身体を撫でた瞬間、それは起きた。
煌めくのは、あまりにも冷たくて美しい、白銀の光だ。
ラーティスが持つ、瞬間移動できる能力も、人が持つにはあまりに強い力だ。
だからきっと先日起きたあの出来事は、偶然や他の要因などではないのだろう。
「……ねえ、それが本当の姿なの?」
目の前にいるのは、先ほどの子猫ではない。
初めて見る、大きなその姿は、やはりラーティスと同じ豹だ。
「ラーティスが、子猫の姿になったときから、もしかしたらって思っていたけど。だって、二人ともあまりに似ているのだもの」
すり寄ってくるアテーナ。
どんなに大きくなっても、やはり幻獣には体重がないから、感じるのはそのなめらかな感触だけだ。
「ねえ、アテーナの力は」
次の瞬間、しなやかに跳躍したアテーナが、窓辺により月を見上げた。
真夜中の窓辺で、こちらを見つめる金色の瞳は、まるで大きな星みたいだ。
「……まさか」
妙に自慢げに体を反らしたアテーナを見つめていた私は、嫌な予感に窓辺に走り寄った。
案の定、窓から見える畑には、キラキラと銀色の光が鱗粉のように降り注いでいる。
風が吹くと、色とりどりの花びらが風に舞う。
暗闇の中、淡い光に照らし出されたそれは、不意に起きた奇跡のような光景だ。
けれど、私はその美しさに感動するよりも先に、床に膝をついた。
そう畑の作物は、植え替えをして、収穫間近だったのだ。花が咲いてしまっては、葉物は堅くなってしまう。
「いつになったら、お野菜を収穫できるの!?」
うなだれた私を慰めるようにすり寄るアテーナ。
そう、アテーナの能力は、治癒の他に、植物の生育を早めるものに違いない。
つまり、以前離宮の畑だけでなく、王都中の花々が一度に咲いたのも、アテーナの仕業だったというわけだ。
直後に飛び込んできたのは、グレーの髪と瞳をしたイケオジ、ザード様だ。
「……ここは、淑女の自室です」
「……さようでございますか。色とりどりに咲き乱れた花々よりも美しき姫にお目見えいたします」
「ひっ! 嫌みが高度すぎます!?」
「王都中の花が咲き乱れていると次々に報告が入っている。あれだけ目立ってしまった直後だ。その原因に誰もが行き着く。もう少し隠す気はないのか!?」
ものすごい迫力で怒られたけれど、目立ってしまったのも、花が咲いたのも完全に私の意思とは無関係で、あずかり知らぬことなのだ。
「はあ。それにしても、まさかこの離宮から正妃が選ばれるとは、人の好みはそれぞれとはいえ」
「……あの」
「まあ良い。たとえ義父が決まったとしても、正妃の後見人はゆずるつもりはない」
「ザード様」
「……幸せになるのだぞ? ソリア」
「っ、は、はい!」
その言葉に、大泣きしてしまったことが、関係するのかしないのか。
このあと、花が咲いたばかりでなく、王国中のお野菜や果物がたわわに実ってしまうという事件が引き起こされる。
その後処理にザード様が、ものすごく忙しい思いをして、やっぱり怒られたのは言うまでもない。
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