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兄は攻略対象者

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 ディルフィール公爵家王都の屋敷、避けていたこの場所を訪れるのは本当に久しぶりだ。

 速攻で、父であるディルフィール公爵に何とか入学試験を受けさせてほしいと懇願してみたところ、泣いて喜ばれ、なんとしても試験を受けさせることを約束してもらえた。

 私が引きこもりであることを思ったよりも心配されていたのかもしれない。申し訳なさすぎて良心が傷んだ。物理的にも胸は痛いけど。

 一緒に食事をと引き止める父を振り切って、エントランスへの階段を降りる。
 そこには、私と同じブロンドに青い瞳の少し冷たい印象をした男性が立っていた。

「リアナ。お前が家に来るなんて珍しいな」

 用件を終えたため、さっさと塔に帰ろうとしたのに。会いたくなかった……。
 いつも王立学園に行っているため油断していた。今は春休みだから、家にいたのだろう。

 一応公爵令嬢としての礼儀作法は教育を受けている。自然と優雅な礼をとっていた。

「お兄様。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「ああ、なんだか雰囲気が変わったか?」

「しばらく会っていなかったのですから、そんなこともあるでしょう」

 たしかに、わがまま金髪ドリルヘア令嬢だった私は7歳の時に記憶を思い出して以降、髪の毛を毛先だけ緩めに巻いて引きこもりにジョブチェンジしている。

 兄をはじめ家族全員はさぞ驚愕したことだろう。

「そうか。そういえば父上がリアナが学園の入学試験を受けると聞いて泣いて喜んでたぞ」

 親不孝娘で申し訳ない。でも、兄のことが嫌いなのではない。
 それでも兄とこれ以上関わるのは憚られる。

(だってお兄様、フリード・ディルフィールは攻略対象なのだもの)

 王子の学友で、王立学園屈指の秀才。次期宰相候補と目されている兄はもちろんSクラスで主人公が入る生徒会にも所属している。

 リアナと同じブロンドに青い瞳、もちろん顔だって抜群にいい。

 私も乙女ゲームの世界では、すべての結末を見るためにもちろんフリードルートを攻略した。
 いや、見た目といい努力家なところといい、攻略の謎といい、フリード様はむしろ私の一推しだった。

 でも、今は兄なのでその思い出は封印したい。

 兄のあんな台詞やこんな台詞。今となっては兄と恋人との逢瀬を妹が隠れて聞いてしまったようで居た堪れない。

「ふふ。面白いな。一年間可愛い妹と一緒に登校できると思うとうれしいよ」

「えっ?聖女の仕事もあるから塔から通いますよ」

「そんなこと言うなよ。明日の試験は送っていくよ。ところで試験対策は大丈夫なのか?」

 たしかに、王立学園は高位貴族という理由では入ることができない。貴族の中でもエリートが通う場所だ。

「光魔法は確実にSランク。学業はすでに卒業可能なところまで終えております。たくさん本を贈ってくださったお兄様には感謝してますわ」

 引きこもっている時間、暇すぎたからお兄様が与えてくれた本は何度も読み返した。

 公爵家のしがらみで夜会に参加しなくてはいけない時には、兄からドレスや宝石、靴まで届いた。あと、時々美しい花束も。

 本については暇潰しにありがたいくらいの気持ちだったのに、ここで役立つ日が来るとは。

「剣の実技もあるが……まあ、それが最低点でもその様子ならSクラスに引っかかりそうだな」

「剣技も自信があります。でも実戦はしたことがないので、少しだけお手合わせいただける?」

「お前から俺に絡んでくるなんて珍しいな。俺は剣技も学年で5本の指に入るんだが?」

 もしも、フラグを折るのに失敗して断罪されても、逃げ出して生き延びるために剣技も磨いてきた。
 幸い、塔の中にはトレーニングルームというかゲームで言う体力や剣技をあげる場所がある。
 そう、ゲームではそのミニゲームでの作業を毎回クリアしない限りハッピーエンドはなかった。

 光魔法で身体強化をしてみせると、兄が今までのからかうような表情を一変させる。

「リアナ。お前、どうしてしまったんだよ」

「ただの、時間だけはある引きこもりですわ」

(ただし命がけの……ね)

 兄に手を引かれて、騎士団の訓練場に行く。何回か遠征を共にした騎士たちが驚いたように私たちを見ている。
 いつもは、精霊たちが幻影を出してくれてそれと戦っているのだけれど。

「生身の人間と戦うのは初めてなのでお手柔らかに」

「はっ。その強化をかけて初めてとか……加減しろよ。俺の方が怪我しないようにな」

 ドレスは女騎士の制服を借りて着替えた。身体強化をかけると、体が羽のように軽くなる。

「はっ」

「うわ、見た目と違って一撃が重!」

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 結果として、兄には勝てなかった。これで学年一番ではないのか。私もまだまだ修行が足りなかったようだ。

「お手合わせありがとうございました」

「お前……試験では自重しろ」

 兄に一礼して去ろうとすると、腕をつかまれる。怪訝に思って振り返ると、いつもは無表情なことが多い兄が微笑んでいた。

「……リアナ。どうしてそこまでお前が頑張るのかわからないが、何かあった時は力になるから俺のことを頼れ」

「――――っ――お兄様?!」

 その台詞は妹に言ってはいけない台詞です兄!

(好感度が上がった時に努力を続ける主人公にかける台詞、妹に言ったらダメ――――!!)

 妹相手に決め台詞を言ってしまった兄の行く末が心配だ。いろんなご令嬢にその台詞を言っていたらと思うと不安だが、たぶん兄の性格ならそれはないと信じたい。

 気づいたら、塔の最上階にいた。もう、どうやって帰ってきたか思い出せない。

「もう寝よう……」

 考えることを放棄して、明日の試験に備えて今日は寝ることにした。
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