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第2章
拗れる初恋
しおりを挟む目を覚ますと、大男が背中を丸めて縮こまり、小柄な女性にひどく叱られていた。
「ベルアメール伯爵相手になぜ決闘などと!?」
「それは……」
「辺境伯騎士団長ともあろうお兄様が文官であるベルアメール伯爵相手に剣で勝負を挑むなんて……自分が確実に勝てる方法を選ぶなど卑怯です!! 大の大人が子ども相手に剣を持ち出すようなものですよ!!」
「「うぐ!?」」
カインとともにアシェルまでその言葉の破壊力に思わずうめいてしまった。
「あっ、ベルアメール伯爵お目覚めになられたのですか! 痛みますか!?」
「……」
再び香ってきた木イチゴと甘い花の香りに、アシェルは思わず息を呑んだ。
「どうしましょうお兄様! ベルアメール伯爵が返事をしてくださいません」
「……問題ない、心配をかけたようで申し訳ない」
確かに頭は痛むが、他には症状はないようだ。アシェルがゆっくり起き上がると、フィリアが慌ててその背を支えようとする。
「……フィリア嬢」
「……ひゃ、ひゃい!?」
なぜかフィリアが、真っ赤に頬を染める。もしかすると異性と接することがほとんどなかったのかもしれない。
アシェルとフィリアは十以上年が離れているのだ。
アシェルは少しだけ余裕を取り戻し、いつものような柔和に見える笑みを浮かべた。
決闘には負けてしまったが、このまま黙っていれば辺境伯領は隣国の領土になってしまう。
決闘には負けたが、騎士の矜持など国の前には大きな価値を持たない。
――そう、アシェルの呼び名の一つは腹黒宰相なのだ。
「フィリア嬢への求婚を許していただきたくて、俺のほうから決闘を挑んだんだ。兄上をあまり責めないでくれ」
「……ひぇ?」
「……もちろんあなたと俺は初対面、それに俺があなたに結婚を申し込むのは、これが王命だからだ」
傷ついたような顔を浮かべるフィリアを前に、アシェルは『一目惚れをした』とでもいつものように耳障りのいい言葉が出ない自分に戸惑った。
「王命を受けての求婚だとしても、君を何よりも大事にすると誓おう」
「ベルアメール伯爵……」
「君を隣国に渡すわけにはいかないのでな……。もちろん、隣国の王太子殿下を既に愛しているのなら、引き下がるほかないが」
アシェルは少しふらつきながら立ち上がり、フィリアを見つめた。
これは王命なのだ。もしアシェルと結婚したなら、そのことは嫌でも耳にするだろう。
「隣国のロイ・レザボア殿下は、私のことをお嫌いでしょうから……結婚したくありません」
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって、子どもの頃からお会いする度に私のことをいじめるのですもの」
恋愛に疎いアシェルでもわかる。
おそらく、隣国の王太子殿下はフィリアが好きなのだ。
そもそも、強く求婚の意思を示している時点でわかりそうなものだが……。
「俺ならあなたを王国中のなによりも大切にする」
「ベルアメール伯爵……」
「しかし一回りも上の男との王命での結婚、君は不本意だろう。君が十八歳になるまでの1年間、白い結婚にしよう」
「白い結婚?」
「君を全力で守るが、こんなに年が離れているんだ。今すぐ本当の夫婦になるのは難しいだろう」
断ってほしいのか、というくらい正直すぎる言葉だ。
けれど、自分と結婚したことでフィリアが不幸になることはアシェルには許容できなかった。
それと同時に、この時点ではまだアシェルは心の中に芽生えた気持ちと正面切って向かい合うことができなかった。
もちろんこの言葉のせいで、どんなにこのあと彼女を大切にしてもその気持ちには気がつかれないのだが……。
「求婚をお受けしますわ」
「……なぜ」
「ベルアメール伯爵に一目惚れしましたから」
「……!?!?」
フィリアにとってもアシェルは初恋の人だ。だから、彼女の対応のほうがある意味大人だったのかもしれない。
しかし彼を責めるのは気の毒というものだろう、これは愛を知らずに育ったアシェルにとっての遅すぎる初恋なのだ。
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