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入学式 〜ディルside〜
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桃色の花びらが散る美しい道。
レンガ造りの壁に囲まれた王立学園の入学式に、俺は一人参加していた。
新入生なのだろう、周囲の学生たちは、家族とともに誰もが笑顔だ。
そんな中、ふと見れば、一人の少女が父親に連れられて、満面の笑みで校門をくぐるところだった。
幸せそうなその姿に、うらやましいという気持ちよりも、なぜか周囲の時間がゆっくり流れるような錯覚とともに目を奪われる。
だが、それも一瞬だった。
気を取り直し、入学式の始まり、俺は段上に上がった。
首席入学者は新入生代表として挨拶をする。誰も聞きに来ていないのに、こんな場所での挨拶に何の意味があるだろう。
「どうか、これから新入生一同、よろしくお願いします」
そんな思いは、途中で消えてしまった。
締めくくられた言葉。
気がついていた、興味を隠すこともせずに、緑色の瞳が、穴が空くほどこちらを見つめていたことに。
「朝見かけた、新入生、か」
珍しく示してしまった興味。
その日から、彼女を見かけるたびに、誰にも気がつかれないように目で追うようになっていた。
Cクラスに通う彼女は、裕福な伯爵家の長女で、名をルシェ・アインズという。
クラスメートの名前は、もちろん今後の社交活動のために覚えた。
けれど、ほんの少し聞こえてきた彼女の名前は、覚える気もなかったのに心に残ってしまった。
「おはようございます! 突然ですが、好きです!」
「……君は」
「ルシェ・アインズといいます!」
「……うん、知っている」
「えっ!?」
それ以上、ルシェは追いかけてこなかった。
ふと、振り返ると彼女は頬をまっ赤に染めて佇んでいた。
その日から、毎朝ルシェは俺に挨拶をしてきた。
「おはようございます。好きです!」
毎日繰り返される挨拶。
それは、変わりない日常に、なりつつあったのに……。
「あれ? 今日は、なにか嫌なことがあったんですね……。大丈夫ですか?」
「は?」
そう、確かに彼女についての嫌な噂を聞いてしまった。
けれど、顔には出していなかったし、誰一人気がつくことなどなかったのに。
「はい!」
「……これは」
「疲れたり、嫌なことがあった時は、甘いものを食べるといいですよ?」
それだけ言うと、彼女は去って行く。
まるで、野原で出会った懐くようで懐かない野生のうさぎのようだ。
そんな場違いな感想を抱いて、俺はアメを口に放り込んだ。
「っ……!?」
意外にも、そのアメはものすごく酸っぱかった。
そして、その一週間後、学業で上位の成績になり、しかも貴重な光魔法を持つルシェは、Aクラスに編入してきたのだった。
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