2 / 33
白い結婚成立直前に旦那様が帰ってきました 2
しおりを挟む私は息を切らして屋敷に駆けつけた。
あと1ヵ月で白い結婚が認定される。私はぼんやりとそれより先の未来について考えていたが、それもウェルズ様が元気に凱旋してからの話だと思っていた。
ウェルズ様は侍女長の言うとおり、現地の恋人を連れてくるだろう。そうでなければ、手紙の一つだって寄越すはずだ。
騎士団長の役目があるからと言って、私を完全に放置する理由にはならないはずだ。そう考えていた。
――けれど王国最強と謳われるウェルズ様の身に何かが起こるかもしれないなんて、私は考えたこともなかったのだ。
私にとってウェルズ様は、いつでも完璧で、最強の騎士で、負けるはずがない人だったから。
だから、きっと彼は、戦地から戻れば私に別れを告げるのだと思っていた。
(ウェルズ様!!)
玄関から広間に飛び込む。なぜか屋敷中は騒然としていた。
いつも私に仕事を押しつける執事長が、背の高い筋肉質な男性に襟首を掴まれて宙に浮いている。
いつも私に『夫に見捨てられた惨めな人』と言い『旦那様は現地に恋人がいる』と吹き込んできた侍女長が震えながら床に這いつくばって頭を下げている。
私に固いパンとスープしか出さなかった料理長も、いつも体を拭くのに冷たい水しか用意しなかった侍女たちも一同に並び、頭を下げて震えている。
男性は、戦場帰りのように汚れたままの甲冑姿だった。
髪の毛はボサボサ、髭は伸び放題、なんと甲冑には血糊らしきものがついたままだ。
不審者が現れたのかと後ずさりしかけると、その男性は緑がかった青色の瞳をこちらに向けた。
「――カティリア!」
「え……!?」
次の瞬間、私は駆け寄ってきた男性に抱きしめられていた。
甲冑が当たって地味に痛い。身をよじっていると男性はゆっくりと私から離れていく。
「――会いたかった」
「え?」
よくよく見れば、その瞳の色には覚えがあった。
髭が生えていて顔がよく見えないが、確かに声にも覚えがある。
「ウェ、ウェルズ様!?」
「そうだ……。ようやく帰ってこられた! カティリア、会いたかった!」
そのままもう一度グイグイと抱きつかれる。
戦死してしまったのではないかと思っていた夫が帰っていたことに私は混乱した。
それ以上に、私に興味がなく放置していたはずの夫に、なぜか抱きしめられていることにも……。
「……痩せたのでは?」
「あ、あの……!?」
しかし、ウェルズ様は困惑に気がつくことなく、許可も得ずに私を抱き上げて階段を駆け上る。そしてぼそりと呟いた。
「……ところで、君の部屋に何もなかったのはなぜだ」
「はい?」
「クローゼットルームにたくさん贈ったはずのドレスがないのは、君に贈ったはずの南方の国のカーテンがないのは、きらびやかな宝石がないのはなぜだ」
「どういうことでしょうか」
「はあ……。やはりか……。あいつに君のことを頼んだのが間違いだった」
あいつとは誰だろうか。そう思いながら見つめていると、夫婦の部屋の扉を片手と足で乱暴に開けてウェルズ様は私をベッドにそっと降ろした。
「第三王子マークナル殿下から何か言われたか?」
「……?」
「その顔は、何も説明されてなかったのか。あいつめ……」
あいつがまさか第三王子殿下を指しているなんて思いもよらず、あまりの不敬に呆然とする私を前にウェルズ様はしばらく考え込んでいるようだった。
「ああ、その前に着替えだな」
そこでようやく自分のひどい姿に気がついたのだろう。長い、長い、ため息をついた。
「カティリア……。少しここで待っていてもらえるか」
「ええ……」
今すぐ説明して欲しいという言葉を呑み込んで、私は大人しく頷いた。
ウェルズ様はしばらくこちらを見つめていたが、もう一度ため息をつくと部屋を出て行った。
「い、一体どういうことなの!?」
私は呆然とウェルズが去り、閉められた扉を見つめたのだった。
***
しばらく待っていると、ウェルズ様はシャワーを浴びて髭を剃り私の前に現れた。
「どうした、そんなに見て」
「何でもありません……」
見惚れてしまったなんて認めたくないが事実でしかない。
(ウェルズが見目麗しいことをもちろん知っていた)
しかも、戦場帰りのウェルズ様は以前よりも精悍さが増してより男らしくなったようだ。
それに比べて自分があまりに平凡で地味なことを私は改めて思い知らされるようだった。
(なぜウェルズ様は、私を妻に選んだのかしら)
私たちの結婚は、ウェルズ様の強い希望によるものだった。
けれど、結婚するやいなやウェルズ様は戦場へと行ってしまい私を顧みることはなかった。私は新婚早々、家人が誰もいない屋敷に一人取り残されてしまったのだ。
元々いた使用人たちは、ウェルズ様が戦場に行ってすぐになぜか総入れ替えになり、誰も彼もが私に冷たく当たった。それでも3年間、私はウェルズ様の帰りを待ち続けた。
(ようやく諦められそうだったのに……)
辛い日々、第三王子マークナル殿下が官僚向けの宿舎に部屋を用意してあるという言葉に何度すがろうと思ったことか。
それでもフリーディル家の名誉を自分のせいで落としてしまうのが嫌で首を縦に振れなかった。
「……会いたかった」
「嘘つき!」
「カティリア……?」
急な展開を脳内で処理しきれなくなった私。
それはそうだろう。当然のように距離を詰めてくるウェルズ様は、私のことを3年もの間放置していたのだ。
自室に籠もった私は、ベッドに倒れ込んだ。
知らせもなく戦地から帰ってきたウェルズ様。
まだ、王都には和平の事実すら広まっていない。
(一体どういうことなの……!?)
ウェルズ様が追いかけてくることはなかった。
しばらく経って部屋から出てみると、すでにウェルズ様は屋敷におらず、戦後処理をするため王宮に行くというメモだけが残されていた。
柔らかいパンと、サラダと、少々焦げた目玉焼きと共に。
(もしかして、ウェルズ様が作ったのかしら……)
明らかに作り慣れていないとわかる目玉焼きは、焦げている上に黄身が破れて不格好だ。
それでも口にしてみれば香ばしくて案外美味しい。
私はそれらを食べて、ぼんやり窓の外を眺める。
空には美しい満月が浮かんでいる。
(ウェルズ様……)
ウェルズ様が私に求婚してくれた夜会の日。
空にはこんなふうに満月が輝いていた。
月を見るたびにウェルズ様を思い出してしまうから、敢えて見ていなかったことに気が付いてしまう。
私は小さくため息をつくと、ベッドへと戻り掛け布団を頭から被ったのだった。
431
あなたにおすすめの小説
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
殿下が好きなのは私だった
棗
恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。
理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。
最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。
のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。
更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。
※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。
あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。
その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界!
物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて…
全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。
展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる