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第1章

人の世界と人魚の物語 2

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 そう、気持ちを確認しようとなんて、してはいけなかった。
 それなのに、クラウス様はなぜか幸せそうに笑った。その表情のせいで、ほんの少し幼く見えてしまって、可愛らしい。

「……いや、それも違うな。……そう、違う」
「――――クラウス様」
「ただ、一目会いたくて。あの時告げた言葉だけが、俺の本心だ」

 もう一度、抱きしめられる。
 頬に触れる大きな手は、温かい。
 海の中では、温度は魔法に阻まれているせいか、全てがひんやりしている。

「クラウス様の手、温かいです」

 その言葉は、最後まで告げられない。
 魔法が発動してしまったから。

『クラウス様の傷が、治りますように』

 そう、人魚姫は、願ってしまった。
 瞳を見開いたクラウス様が、私に性急な口づけをする。

「ダメだ。魔法を使わないで?」

 発動しかけた魔法は、ほんの少しだけクラウス様の傷を癒して消える。

「そばにいて。俺のそばに」
「――――クラウス様?」
「はあ。……魔法は使わないように。人魚と違って人間は、魔法を対価なく使うことは、出来ないのだから。ただでさえ、レイラは消耗しているはずだ」
「……元気ですよ」

 さっきまでの、可愛らしい様子は鳴りを潜めてしまう。
 たぶん、こちらのほうが、普段のクラウス様なのだろう。

「……そういえば、ここはどこですか?」
「俺の屋敷だ。あの後、転移魔法で帰って来た」
「何でもできるんですね。魔術って」
「何でもできたらいいんだけどな? 本当の願い事は叶えない。それが魔術だ」

 難しいことを言い出したクラウス様。
 さすがは筆頭魔術師様だと、私は瞳をパチパチと瞬く。

「それにしても、レイラは人魚だった割に、魔法や魔術に疎いな。……人魚は、生まれた時から、魔術や魔法の深淵を理解しているという。お前の姉もそうだろう?」
「え? お姉様が、ですか?」

 そういえば、魔法使いと魔術師が違うなんて、普通に理解していくことで、常識みたいなことを言っていた。でも、人魚の世界には本もない、学校もない。
 みんなどうやって、そういうことを知っていくのだろうか。

「――――レイラは、普通の人魚とは違うのかもしれないな」
「まあ……。おっしゃる通りですけれど」

 魔法よりも、科学のほうが詳しい自信がある。
 それにしても、急に出てきてしまったから、お姉様は心配しているに違いない。

「お姉様……」
「連絡は、しておいた。また、会いに行くことは出来るだろう」

 それにしても、クラウス様は気が利く。
 通信手段があるのなら、私からもお姉様に元気にしていることを伝えたい。

 でも、次にお姉様に会うとき、それは私にとっては想定外で、やっぱり同じ血が流れているのだと感心してしまうなんて、もちろん知らない。

「――――そういえば、礼がまだだな?」

 筆頭魔術師様の財力とか、少しずれた金銭感覚のことも、もちろん知らない。
 そして、これから巻き込まれる、この世界の人間社会のことも。

 そして、クラウス様が戦い続けなくてはいけない理由も。
 それでも、幸せな毎日は、幕を開ける。
 クラウス様の手によって。

:.。..。.:*第1章完*:.。. .。.:
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