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第2章

人魚姫と筆頭魔術師の幸せ 2

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 * * *


 そしてそれは、「……レイラは、着る服を持ってきていないから、買うか」という一言で始まった。

 それから、一時間後。
 私の前には、数限りないドレスが並んでいた。

「すまないな。情報が流出しないように配慮すると、ある程度購入できる店が限られる」
「えっと、見本をこんな持ってきてもらうなんて、お店の方に迷惑だったのでは」
「全て購入したが?」
「は?」

 当たり前のように告げられた言葉。
 呆然と室内を見渡す。
 そこにあるのは、所狭しと並んだドレス。
 たとえ、一回ずつしか袖を通さなくても、全部着るなんて難しそうだ。

 海の中では、いつでもお姉様が、衣服を用意してくれていた。海の中にはお店がないのに、どうやって手に入れているのか不思議に思っていたけれど。

 時々ふらりといなくなるお姉様。
 そのことと関係しているのだろう。
 秘密の多いお姉様。お母様がいなくなってしまってから、それは顕著になった。

 人魚が、魔術と魔法の深淵を知っているらしいということや、他の人魚がいないことと関係あるのだろうか。

 そういえば、男の人魚は、見たことがない。
 私たち家族以外の人魚も。

「あのですね」
「2回だ」

 思考を中断し、こんなにたくさんのドレスを、着る機会なんてありません、と無駄遣いを嗜めようとしたのに、思いの外、距離を詰めてきたクラウス様にその言葉は、遮られた。

 ち、近い、近い、近いです~!!

 顔が近い。キスをしたとはいっても、やっぱりその真紅の瞳とサラサラの銀髪、整った顔立ちが目の前にあるなんて、心臓に悪い。

「なんの回数だ?」

 急に始まったクイズ。
 私は、訳がわからず首を傾けた。

「えーっと?」
「レイラに命を救われた回数だ」
「ああ。たしかに」

 たしかに、初対面の時に溺れかけてましたものね。先日も、大怪我してました。

「……短期間に、死にかけることが多すぎやしませんか?」

 心配になってしまう。
 普通の生き方をしていて、大海のど真ん中で溺れかけたり、ドラゴンと戦って死にかけたり、こんな短期間で経験することはない。断言する。

「……否定できないな。だが、俺が言いたいのは」
「恩とか、お礼とか、いらないです」
「そういうわけには」
「ふふっ。律儀ですよね。…………それなら、ひとつだけ。無事に帰ってくるって約束しましょう」

 小指を差し出す。
 この世界に、指切りの概念があるかは知らない。

「小指を絡めるんですよ?」
「何かの、儀式か?」
「まあ、それに近いですね。誓いの儀式です」

 絡めた小指と、ゆびきりげんまんにしては、近い距離。降ってくる、口づけ。

「誓いならば、俺はこちらの方がいい」

 呆然と見つめた私の思考からは、ドレスのことなんてすっぽ抜けてしまった。
 だから、ドレスの返品は、し損ねた。
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