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第2章
人魚姫と筆頭魔術師の幸せ 2
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そしてそれは、「……レイラは、着る服を持ってきていないから、買うか」という一言で始まった。
それから、一時間後。
私の前には、数限りないドレスが並んでいた。
「すまないな。情報が流出しないように配慮すると、ある程度購入できる店が限られる」
「えっと、見本をこんな持ってきてもらうなんて、お店の方に迷惑だったのでは」
「全て購入したが?」
「は?」
当たり前のように告げられた言葉。
呆然と室内を見渡す。
そこにあるのは、所狭しと並んだドレス。
たとえ、一回ずつしか袖を通さなくても、全部着るなんて難しそうだ。
海の中では、いつでもお姉様が、衣服を用意してくれていた。海の中にはお店がないのに、どうやって手に入れているのか不思議に思っていたけれど。
時々ふらりといなくなるお姉様。
そのことと関係しているのだろう。
秘密の多いお姉様。お母様がいなくなってしまってから、それは顕著になった。
人魚が、魔術と魔法の深淵を知っているらしいということや、他の人魚がいないことと関係あるのだろうか。
そういえば、男の人魚は、見たことがない。
私たち家族以外の人魚も。
「あのですね」
「2回だ」
思考を中断し、こんなにたくさんのドレスを、着る機会なんてありません、と無駄遣いを嗜めようとしたのに、思いの外、距離を詰めてきたクラウス様にその言葉は、遮られた。
ち、近い、近い、近いです~!!
顔が近い。キスをしたとはいっても、やっぱりその真紅の瞳とサラサラの銀髪、整った顔立ちが目の前にあるなんて、心臓に悪い。
「なんの回数だ?」
急に始まったクイズ。
私は、訳がわからず首を傾けた。
「えーっと?」
「レイラに命を救われた回数だ」
「ああ。たしかに」
たしかに、初対面の時に溺れかけてましたものね。先日も、大怪我してました。
「……短期間に、死にかけることが多すぎやしませんか?」
心配になってしまう。
普通の生き方をしていて、大海のど真ん中で溺れかけたり、ドラゴンと戦って死にかけたり、こんな短期間で経験することはない。断言する。
「……否定できないな。だが、俺が言いたいのは」
「恩とか、お礼とか、いらないです」
「そういうわけには」
「ふふっ。律儀ですよね。…………それなら、ひとつだけ。無事に帰ってくるって約束しましょう」
小指を差し出す。
この世界に、指切りの概念があるかは知らない。
「小指を絡めるんですよ?」
「何かの、儀式か?」
「まあ、それに近いですね。誓いの儀式です」
絡めた小指と、ゆびきりげんまんにしては、近い距離。降ってくる、口づけ。
「誓いならば、俺はこちらの方がいい」
呆然と見つめた私の思考からは、ドレスのことなんてすっぽ抜けてしまった。
だから、ドレスの返品は、し損ねた。
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