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第2章
人魚姫と筆頭魔術師の幸せ 3
しおりを挟むドレスの返品をし損ねた。
こんなたくさんのドレスをどうしろというのだろうか。舞踏会へのお誘いは、まだない。そして。
「えっと。はじめまして。レイラです」
「光栄でございます。本日から、レイラお嬢様の専属侍女になりました。ファームと申します」
私は、お嬢様なんかではない。むしろ、人間ですらない。姿は、人間になっているけれど、おそらく私のDNAは、人魚に違いない。
「えっと、そちらの騎士様。先日は」
犬耳の騎士様がいた。この方とお会いするのは、溺れかけていたクラウス様をお助けして以来だ。
「レイラ様。この剣とストラトの家名にかけて、永遠の忠誠を誓います」
……えっ、いきなり重いよ?!
私の困惑をよそに、ストラトの家名を名乗った騎士様は、私の前に片膝をついて頭を垂れる。
「あの。私、ストラト卿から、そんな栄誉を賜る資格なんて持っていないです」
そう、私はただの人魚なのだ。
「レイラ様は、クラウド様の命の恩人。我が主の恩人は、俺にとって命をかけて忠誠を誓う対象です」
騎士様の犬耳は、まるでベルベットのようにツヤツヤだ。性格まで、忠実なのだろうか?
「……この命、いつでも捧げましょう。どうか、ご命令を」
……うぐ。やっぱり、重い。
「で、では、命令です」
「何なりと」
「命大事にですよ!」
下げていた頭を上げて、その茶色い瞳を瞬かせた、ストラト卿。そんな顔もかわいいけれど。
その時、なぜか不機嫌な様子のクラウス様が、部屋に入ってきた。
私は、駆け寄って、クラウス様の背中に隠れる。
「……レイラ?」
機嫌の悪さは、どこかに消えてしまったらしい。少し、動揺したクラウス様の、マントをギュッと掴んでおでこをくっつける。
「どういうことですか」
「何がだ?」
「まだ、2回しか会っていない人に、命をかけるほど、忠誠を捧げられて怖いです」
「俺の騎士が、レイラのことを命をかけて守るのは、当然ではないか?」
……うわぁ。ここにも、私の常識が通じない人がいた! 前世でも、海の底でも、騎士なんて物語の中にしかいないと思っていた私は、困惑するしかできない。
「当然じゃ、ないです。自分の命を先に、大事にしてほしいです」
「レイラは、慈悲深いな」
「えぇ……?」
クラウス様が、慈悲深いの用法をわかっていない。自分の命を大事にするのは、当たり前だ。
しかも、侍女とは? しかも、専属。専属侍女なんて持つ機会、通常は、一生ないと思うのだけれど? チラリと静かに控えているファームと名乗った侍女を見る。
「うん? この侍女が気に入らないか?」
「えっ…………。いえっ、優しそうです。最高です!」
本人を目の前に、そんなことを言うクラウス様。
筆頭魔術師なだけではなく、そういう世界に生きてきたのだろうか?
そういえば、クラウス様のこと、何も知らない。
恋は盲目とはいうけれど、もう少しだけ、クラウス様のことを知らなければいけないようだ。
知ってしまえば、後戻りなんてできないこと、この時の私は理解していなかった。
それでも、知らないままでいることなどできない。だって、人魚姫は、恋に落ちてしまったのだから。
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