【R18/TL】ハイスペックな元彼は私を捉えて離さない

春野カノン

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その時、隣にいるのは(3)

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***


あれから私と理玖くんは近くの居酒屋に来ていた。
半個室風になっているためあまり周りの目が気にならない場所を選んでくれたのは理玖くんの優しさだろう。


1人になりたくない、と訴えた私はこの心に重くのしかかった感情を吐き出したかったんだ。
それを察してくれた理玖くんは話しやすいようにそして私が泣いても周りにバレないようなお店を選んでくれたのだろう。


「家に入ったらね、中から甘ったるい女の声が聞こえてきたの」

「うん、それで?」

「もう1回抱いてもいい?とか部屋の向こうから聞こえてきて気持ち悪いったらありゃしない!」


そう言って3杯目のカシスオレンジをグビっと飲み干した。
その直後、机に備え付けられたタブレットで次のアルコール注文する。


「飲み過ぎだよ陽葵ちゃん」

「こんな日に飲まずになんてやってられないよ!付き合ってよね理玖くん」


しばらくすると注文した梅酒のソーダ割りが届いた。
届いた途端にグラスに口をつけてぐびぐびとお酒を流し込む。


そんな私の姿を少しだけ困ったように眺めるのは上司であり元彼の理玖くんだ。
気を使わず心を許して飲めるのは相手が理玖くんだからで、私は堰き止めていた感情をさらに発散させる。


「あいつは可愛い系の服が好きだって言っててそれに合わせて私は服も変えてたの。浮気相手の女も好みどストライクなきゅるん系の女だった。私よりも若そうでそっちの方が良かったわけよ」


机に並ぶ焼き鳥を口に含み串から外してもぐもぐと頬張る。
ムカついていても料理は美味しいし、お腹は空くんだと改めて実感した。


「ここ最近浮気が始まったって感じじゃなさそうでちょっと前からされてたっぽいんだよね」

「陽葵ちゃんがいたのにな」

「そうなの!私がいたのに、浮気するなんて最低!」

「でも浮気されたっていうのにあんまり悲しそうじゃないね」

「⋯っ!」


図星をつかれた私はピタッとアルコールを飲む手が止まった。
本当に理玖くんは私のことをよく見ている。


表情に出さないようにしていたというのに理玖くんは私の顔を見てそれを察していたんだ。
誰よりも優しくて誰よりも察する力が優れていて、そんな理玖くんにはなんでもお見通しのようだった。


「なんで理玖くんはすぐ分かるんだろ⋯⋯」

「なんでだと思う?」

「え~分からないよ」

「答えは簡単だよ」


そう言って理玖くんは私に向かって手を伸ばしそのまま私の頬に優しく触れた。
指先は温かくじんわりと私の頬から理玖くんの熱が伝わってくる。


(理玖くんの指先、あったかい⋯⋯)


「俺が陽葵ちゃんのことずっと見てるからだよ」


理玖くんの熱の篭った視線が私に突き刺さり頬にだんだんと熱が帯びていく。
お酒のせいなのかそれとも理玖くんからの甘味を帯びた視線からなのかは分からない。


机の上に置いた私の手にそっと自分の手のひらを重ねる。
様子を伺うように触れるその指先は遠慮がちで控えめな行動にキュンと胸が高鳴った。


「なんか⋯理玖くんの言葉が染みる」

「俺のこと優しいとか思ってる?」

「思ってる。やっぱ優しいな~って」

「俺、陽葵ちゃんが思うほど優しくないよ」

「そんなことないよ。理玖くんは今も昔もずっと優しい」

「⋯⋯陽葵ちゃんが彼氏と別れて喜んでるのに?」

「⋯⋯っ!」


挑発するようにギラついた瞳が私を捉えて離さない。
その言葉が本心なのか、お酒を飲んだ今の私の思考では正常に考えることはできなかった。


「浮気されてもっと傷ついてたらその傷心した心に付け入ろうと思ってたけど、案外ケロッとしてて意外だったよ」

「⋯⋯涙のひとつくらい流せたら良かったのにね」

「悲しくないの?」

「悲しくないんだよね、どっちかと言うと悔しい。浮気に気づけなかった自分にも、浮気していい人間だと思われていたことも」


好きだった彼氏に浮気されたというのに涙ひとつも流れなかった。
私は健二くんのことを本当に好きだったのだろうか。


本当に好きだったら泣けるんじゃないかと自分の気持ちを疑ってしまう。
あの光景を見た時に感じたのは悲しいよりも悔しいや怒りの感情だった。


(今思い返しても悲しみは湧いてこないんだよな⋯⋯)


「俺は別にそれでいいと思ってるよ。悲しむのが全てじゃないし」

「そう、かな」

「大体浮気した男のために陽葵ちゃんが悲しむ必要ないし、そんな男のために気持ちを乱す必要もないだろ」


昔から理玖くんは私の言葉を絶対否定しなかった。
どんな感情も全部受け止めてくれて全部肯定してくれて、そんな理玖くんに私はいつも救われていたんだ。


「俺としては陽葵ちゃんがその男のことで振り回されてないのがどっちかって言うと嬉しいかな」

「⋯理玖くんの言葉が甘すぎる」

「わざとだよ。俺、今口説いてるから」

「別れたばっかなんだけど⋯⋯」

「分かってる。だからすぐにどうこうなりたいとかそういう訳じゃない。ただ俺の気持ち伝えときたいだけ」


理玖くんはずるい。
はっきり好きとは言ってこないのに私に向ける視線は甘くて、未だに重なり合う手のひらから伝わる体温が熱を帯びていた。


言葉は聞いていないのにまだ理玖くんが私のことを好きでいてくれているんじゃないかと期待してしまう。
口説かれてる、なんて言われたら都合のいいように考えてしまうのは当たり前だ。


「ねえ、もう1度俺に愛されてみない?」

「⋯⋯今言うのずるい」

「酔っ払ってるもんね陽葵ちゃん。忘れてもいいよ、またちゃんと言うから」


重ねた手のひらが私から離れていく。
それが少しだけ寂しく感じたが、それを言葉にすることはできなかった。


理玖くんが私に愛を囁く理由が理解できない。
別れを切り出したのは私で、数年ぶりに会ったというのに再会後からとびっきり甘やかしてくる。


「陽葵ちゃんが別れたなら俺ももう1回アプローチしていいってことだよね」

「それ⋯私に聞くの?」

「ずるい聞き方したごめん。お酒に酔う陽葵ちゃんにそんなこと言うのも悪い男だよな」

「ほんとその通りだよ」


浮気された直後、悔しさや怒りを聞いて欲しくて理玖くんに声をかけた。
1人になりたくなくて、そんな時に私の隣にいてくれたのは付き合っていた彼氏ではなく、私が振った元彼だ。


そんな彼は別れたばかりの私に糖度高めな愛を囁き、アプローチすると宣言までしてきた。
理玖くんの言葉に嬉しくないといえば嘘になるが、別れたばかりの今はまだ正直考えられない。


乱れた心を隠すように頼んでいた梅酒のソーダ割りゴクゴクと飲み干す。
そしてもう1杯同じお酒を頼もうとするとさすがにまずいと思ったのか理玖くんに止められた。
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