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葛藤と苦悩から生まれる世界(ユリカ編)
3話 クロウエア
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更に数日たった。店の前の人通りが、少し増えてきた。
お店の商品がついに売れた。不思議なもので、一度客が入ると、続けて客が入ってくるようになった。
「お客さんがお客さんを呼ぶんだね」
その日、続けざまに来店する客の応対をなんとかやり終えたユリカは閉店後の店内を見回し、ほっと一息ついた。
「作業は終わっていないから」
アールが釘をさす。店内を掃除アバターが動き回っている中で、売り上げの集計と発注をユリカが、アールは軽食コーナーの片付けを行っていた。
アールの言葉に肩をすくめながらもユリカは、店の経営に初めて手ごたえを感じ笑みが湧き上がる。
「明日もお客さんきますように」
「願っていないで、お客さんがくるように考えろ」
アールは手ごたえを感じている今だから、ユリカに言う。
「うん、そうだよね。また来てもらうには何が必要かを考えなきゃね」
ふと、クロウエアに目を向ける。
「この花を店のシンボルにしたいな」
「シンボルか」
「軽食に出す食器や、包装用紙にデザイン入れたらどうかな?」
「ふうん?」
アールがユリカを促す。
「このタウンはとても素っ気ない。なくてもいいものをあえて取り入れるのが、この店の意味なんだし」
ユリカは続ける。
「もっと無駄で華やかにしたいな」
「そう思うなら、どうする?」
「まず、クロウエアのデザインを考えて、真っ新な包装用紙に印刷できるか問い合わせて」
ユリカは頭の中で、手順を考える。そこに、アールが突っ込んだ。
「店の名前決めないの?」
「ん? あーっ、そうか!」
ユリカは自らの間抜けさにようやく気が付いた。
「もっと早く指摘して欲しいよ……」
ユリカが抗議すると、アールはすかさず応戦した。
「お客さんこないで、失敗する可能性あるうちは、店名なんてなくてもいいかなって」
「ひどっ」
言い合いながら、二人は帰路についた。話が弾む。
「店名は当然クロウエアだよね」
「まぁ、そうなるわな」
アールは笑った。
クロウエアの花言葉、『まだ見ぬ君へ』――ユリカもアールもその花言葉に気が付いていない。
一か月が経過した。店名の入った食器類、包装紙が届き、店は賑わいを増していた。
「そのお花、商品ですか?」
尋ねられて振り返ったユリカは息を呑んだ。ショートカットで活動的、溌剌した彼女はまるでボールのように弾んでいた。見るからに明るく振りきれている。
次の瞬間、彼女と彼女のパートナーとの落差に驚いた。活発な女性の後ろから現れたのは、ひょろひょろとした神経質そうな男性だったからだ。
「カーラはその花が欲しいの?」
男性が女性の名前を呼んだので、ユリカはカーラがパートナー型アバターだと気が付いた。
「あなたに必要な物という気がするのだけど、違った?」
カーラが男性に尋ねる。
「何という植物ですか?」
その男性は、カーラを盾にするようにして、おずおずとユリカに質問した。
「クロウエアです」
ユリカは答えながら、アバターの陰に隠れるような態度を、やや不快に思った。人とパートナー型アバターは日常生活では対等な関係であることが普通だった。これではまるで、カーラは教育型のパマと変わらないではないか。
内心の考えを顔に出さない程度にはユリカの接客術が上ってはいた。
「今日はいい……」
男性は言うと、カーラの腕を引っ張った。
「何か飲みたい……」
カーラがうなづいた。ユリカに向って
「数日、取り置きしておいてもらえますか?」
「五鉢あるので、取り置きは可能です」
「二、三日後、買いに来ます」
「はぁ……」
ユリカは優柔不断な男性のパートナーであるカーラに心から同情した。
「リロイ、座っていて」
立ちんぼの男性にカーラは声をかけ、テキパキとアールに飲み物を注文した。いや、こんなカップルがいるんだ!とユリカは心底呆れていた。
店を開店してから、様々な客と会ってきたが、ここまでパートナーのアバターに頼り切っている様を見るのは初めてだった。
「人って、ほんといろいろな性格なんだね」
その日の夜、夕食を採りながらユリカはしみじみとした気持ちをアールにぶつけていた。
「うーん、仮想空間では感じてなかったの?」
「あんな極端な人と知り合いになったことはなかったな」
それが仮想空間の長所であり短所だ。気の合う者どうしが自然と集まりやすい傾向があるのだとアールは指摘しかけてやめた。現実に集められた人間同士が衝突することは、すでにタウン計画に想定されていた。それを経験して学んでいるのがユリカの今の状態なのだ。
あえて様々な性格の人間をタウンに集めているのだ。それが「人間」という集合体の意味だからだ。アバターはその衝突がエスカレートしないように、同時にパートナーが大きく傷つかないように、そっと制御するのだ。「人間」という矛盾を内包した存在のクッションとしての使命が、タウンにきたパートナー型アバターの責務に加わっていることを、パートナーである人は知らない。
このタウンでユリカも学んでいくのだ、とアールは思う。ユリカがこれから経験しなければいけないことが、まだまだたくさんあるのだ、と。
(つづく)
お店の商品がついに売れた。不思議なもので、一度客が入ると、続けて客が入ってくるようになった。
「お客さんがお客さんを呼ぶんだね」
その日、続けざまに来店する客の応対をなんとかやり終えたユリカは閉店後の店内を見回し、ほっと一息ついた。
「作業は終わっていないから」
アールが釘をさす。店内を掃除アバターが動き回っている中で、売り上げの集計と発注をユリカが、アールは軽食コーナーの片付けを行っていた。
アールの言葉に肩をすくめながらもユリカは、店の経営に初めて手ごたえを感じ笑みが湧き上がる。
「明日もお客さんきますように」
「願っていないで、お客さんがくるように考えろ」
アールは手ごたえを感じている今だから、ユリカに言う。
「うん、そうだよね。また来てもらうには何が必要かを考えなきゃね」
ふと、クロウエアに目を向ける。
「この花を店のシンボルにしたいな」
「シンボルか」
「軽食に出す食器や、包装用紙にデザイン入れたらどうかな?」
「ふうん?」
アールがユリカを促す。
「このタウンはとても素っ気ない。なくてもいいものをあえて取り入れるのが、この店の意味なんだし」
ユリカは続ける。
「もっと無駄で華やかにしたいな」
「そう思うなら、どうする?」
「まず、クロウエアのデザインを考えて、真っ新な包装用紙に印刷できるか問い合わせて」
ユリカは頭の中で、手順を考える。そこに、アールが突っ込んだ。
「店の名前決めないの?」
「ん? あーっ、そうか!」
ユリカは自らの間抜けさにようやく気が付いた。
「もっと早く指摘して欲しいよ……」
ユリカが抗議すると、アールはすかさず応戦した。
「お客さんこないで、失敗する可能性あるうちは、店名なんてなくてもいいかなって」
「ひどっ」
言い合いながら、二人は帰路についた。話が弾む。
「店名は当然クロウエアだよね」
「まぁ、そうなるわな」
アールは笑った。
クロウエアの花言葉、『まだ見ぬ君へ』――ユリカもアールもその花言葉に気が付いていない。
一か月が経過した。店名の入った食器類、包装紙が届き、店は賑わいを増していた。
「そのお花、商品ですか?」
尋ねられて振り返ったユリカは息を呑んだ。ショートカットで活動的、溌剌した彼女はまるでボールのように弾んでいた。見るからに明るく振りきれている。
次の瞬間、彼女と彼女のパートナーとの落差に驚いた。活発な女性の後ろから現れたのは、ひょろひょろとした神経質そうな男性だったからだ。
「カーラはその花が欲しいの?」
男性が女性の名前を呼んだので、ユリカはカーラがパートナー型アバターだと気が付いた。
「あなたに必要な物という気がするのだけど、違った?」
カーラが男性に尋ねる。
「何という植物ですか?」
その男性は、カーラを盾にするようにして、おずおずとユリカに質問した。
「クロウエアです」
ユリカは答えながら、アバターの陰に隠れるような態度を、やや不快に思った。人とパートナー型アバターは日常生活では対等な関係であることが普通だった。これではまるで、カーラは教育型のパマと変わらないではないか。
内心の考えを顔に出さない程度にはユリカの接客術が上ってはいた。
「今日はいい……」
男性は言うと、カーラの腕を引っ張った。
「何か飲みたい……」
カーラがうなづいた。ユリカに向って
「数日、取り置きしておいてもらえますか?」
「五鉢あるので、取り置きは可能です」
「二、三日後、買いに来ます」
「はぁ……」
ユリカは優柔不断な男性のパートナーであるカーラに心から同情した。
「リロイ、座っていて」
立ちんぼの男性にカーラは声をかけ、テキパキとアールに飲み物を注文した。いや、こんなカップルがいるんだ!とユリカは心底呆れていた。
店を開店してから、様々な客と会ってきたが、ここまでパートナーのアバターに頼り切っている様を見るのは初めてだった。
「人って、ほんといろいろな性格なんだね」
その日の夜、夕食を採りながらユリカはしみじみとした気持ちをアールにぶつけていた。
「うーん、仮想空間では感じてなかったの?」
「あんな極端な人と知り合いになったことはなかったな」
それが仮想空間の長所であり短所だ。気の合う者どうしが自然と集まりやすい傾向があるのだとアールは指摘しかけてやめた。現実に集められた人間同士が衝突することは、すでにタウン計画に想定されていた。それを経験して学んでいるのがユリカの今の状態なのだ。
あえて様々な性格の人間をタウンに集めているのだ。それが「人間」という集合体の意味だからだ。アバターはその衝突がエスカレートしないように、同時にパートナーが大きく傷つかないように、そっと制御するのだ。「人間」という矛盾を内包した存在のクッションとしての使命が、タウンにきたパートナー型アバターの責務に加わっていることを、パートナーである人は知らない。
このタウンでユリカも学んでいくのだ、とアールは思う。ユリカがこれから経験しなければいけないことが、まだまだたくさんあるのだ、と。
(つづく)
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