非接触型お試し同居(R18版)

ぽんたしろお

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 気持がすれ違い連絡を取り合わない日々が続いた。
 
 栞は仕事に明け暮れ、心に広がった寂しさを追い出した。感情の波を出来る限り平たんにすることを栞は心掛ける。
 龍之介とリュウノスケが忍び込んでこないように心を閉じる。それに徐々に慣れて馴染んでいけば、また龍之介に出会う前に戻れるのだ、と栞は信じたかった

 ほんとに? 栞の中の揺れる部分が何度も、落ち着いてきた栞にふいに忍び込んでくる。栞はそのたびに不快感に襲われた。

 気持ちの整理をきちんとつける必要がある、栞は龍之介の部屋にあるシオリの撤去を決断したのだ。見合いサイトに連絡する。実物を見たことがない自分のロボット。栞の代わりに龍之介が何度も抱擁したロボット。
 
 結婚する時、シオリとリュウノスケにお礼を言いたかったな、でも、その夢はすでに実現不可能だ。甘い夢を結婚という幻想にかぶせていたのかもしれない、甘さは苦みに変化して溶け去った。


 「栞様のオーダーに従い、明日、ロボットの回収に伺います」
 その連絡は龍之介にとって不意打ちだった。同じことを栞にしたのに、龍之介はうろたえた。いや、違う。連絡には続きがあった。
「栞様から弊社サイト退会の連絡が入りました。次のお相手候補を紹介しますか?」
 栞が退会? 龍之介はシオリを見た。どういうことだ? 尋ねてもシオリは動かない。答えない。
「僕は! 何やっていたんだ⁉」
 龍之介はこぶしを机にたたきつけた。

 翌日。龍之介と栞を繋いでいたシオリが回収された。

 栞は見合いサイトから連絡を受けとった。
「ロボットの回収が終了しました」
「サイトの退会処理は?」
 栞が重ねて尋ねると
「龍之介様からの返答待ちの状態です」
 栞は顔をしかめた。
「私の退会に龍之介の同意は必要ないでしょう?」
「返答まで、少々お待ちください。期限までに返答がなければ自動的に退会処理は開始されます」
「はぁ」
 栞はため息をついた。見合いサイトの答えは、どこまでも機械的だ。
「お試し同居まで進んだ段階ですので、退会にも手順がございます。規約第……」
「あぁ、もういいよ」
 栞はサイトの返答を遮った。
「別れるか結婚か、迫ったのは龍之介じゃない!」
 栞は再び怒りがこみあげてきた。龍之介の希望どおりしているじゃないの? なぜ私が待たされてイライラしなければいけないのだろうか? 栞はこみあげてくる感情を鎮める。 
「数日の差なんて、変わらない、か」
 栞は部屋に寝転がると部屋の天井を見あげた。

 数日後。栞の見合いサイト退会が受理した旨の連絡が、栞と龍之介の元に届いた。
『栞様の退会に関する全ての手続きが完了しました』――ジ・エンド。


 食料や日用品が届いた。龍之介が荷物を部屋の中に運ぶためにドアを開けた瞬間。
「ひっ!」
 いつから突っ立ていたのだろうか? そこにいたのは栞だった
「ど、どうやってここに?」
 龍之介の取り乱し方は、栞の予想を超えていて、栞は呆れる。壁にへばりついて怯える龍之介に冷たい視線を向けて栞は睨む。
「自動運転タクシーしかないじゃん」
 非接触型社会に移行して、人の移動手段から公共交通機関が消えて久しい。仮想空間での出会いに距離感はなくなったが、実際に会うとなると大事なのだ。
 事態を呑み込めていない龍之介を見て、栞はふと気づく。
「そっか、初めましてなんだ……」
 栞の呟きは龍之介の耳に入らない。
「ひどいことをした。シオリの回収で打ちのめされた。嫉妬で見失っていた 申し訳なかった」
 場当り的に言葉を連発する龍之介を見て、栞は思わず笑ってしまった。
「話をしに来ただけだから、部屋に入れて?」
 ようやく龍之介が
「ど、どうぞ」
 栞を部屋の中に誘導した。栞は引きずってきたトランクとともに部屋に入る。
「お邪魔しま……久しぶり」
 シオリを通じて見慣れた部屋は変わっていない。二か月のお試し同居の間、この部屋で長く過ごしたのだ。

 「コーヒー飲む?」
 龍之介が栞に尋ねた。
「うん」
 シオリがいつも座っていたソファーに栞は座る。
 コーヒーを淹れる音と香りだけが部屋を満たす。
「コーヒーカップ、同じ物はなくて」
 龍之介がコーヒーカップを一つ、栞の前のテーブルに置いた。自分用のマグカップをテーブルに置き、栞と向かい合う形で座った。
「さっきはごめん。いや、リュウノスケのことからずっとごめん」
 座ったと同時に龍之介は頭を下げて栞に謝り始めた。栞は龍之介が繰り出す謝罪の言葉を聞き流しながらコーヒーを一口飲んだ。栞は驚いて目を見開く。
「うわぁ、美味しい」
 龍之介がコーヒーを淹れるのはシオリを通して見ていた。でもこの味をお試し同居で知ることは不可能なことだ。
「いつもと同じ味だけど」
 龍之介がマグカップから一口飲んで、小さく首を傾げた。
「そうなんだよね、二人で飲みたかったんだ。二人で同じ空間で過ごしたかったんだ」
 つぶやいた龍之介は再びうなだれれてしまった。栞は龍之介のペースに合わせるの諦めた。これでは一向に話に入れないままだ。

 栞はコーヒーカップをテーブルに置くと引きずってきたトランクの鍵に手をかける。
「龍之介、これを見て欲しい」
 栞がトランクを開けると、白いレースの布がトランクから溢れだした。
「これは?」
 栞は立ち上がると溢れれだした真っ白なレースの布を身体の前に合わせて見せた。
「ウエディングドレスを着てもいい?」
「え?」
 龍之介の思考速度はかなり鈍化しているらしい、と栞は思う。
 ドレスを一旦、床に置くと、栞は髪の毛を頭の高い位置にまとめた。栞のうなじのラインが露になる。
 髪をまとめ終わると栞は龍之介を見つめ、着ていた洋服をスルリと床に落とした。ブラジャーとパンティだけの姿で再びウエディングドレスをあてがった。
 二か月のお試し同居で性格もおおよそ理解している、嫉妬深いことも含めて、それでも、栞は龍之介がやっぱり好きなのだ。だから――。
「結婚して?」
 反射的に立ちあがった龍之介は、まだ思考がまとまらないでいる、栞はレースのウエディングドレスを持ったまま、龍之介の胸に飛び込んだ。
 栞と龍之介の間にあるのは、ロボットではなく、実体のある真っ白なウエディングドレスだけ。
「答えてよ?」
 胸にうずめていた顔を上げ、栞は龍之介の目を見つめた。
 龍之介は言葉に逡巡したまま、手を栞の顔に添えた。初めての接触に二人のからだが小さく震える。龍之介は震えを止めようとせず、、顔をゆっくり栞の唇に近づけてきた。
 それが答え? 栞は龍之介の答えを受け入れるため、瞳を閉じた。

 白いウエディングドレスを抱えたまま、長いファーストキスが続く。栞はウエディングドレスから手を離し、龍之介の首に手を巻きつけた。
 龍之介のからだを全身で感じる。唇が離れと、栞が囁いた。
「抱いて、お願い」
 龍之介の理性が飛ぶ。ベッドに連れて行く時間すらもどかしい。無抵抗の栞からブラジャーとパンティをはぎ取りその裸体を抱きよせた。
「あぁっ!」
 栞にとって実感のある刺激は、羞恥心を圧倒する。それなのに、栞はキスもセックスも全て初めての体験なのだ。
「あなたに全部あげる」
 龍之介は、答える余裕なく、栞のからだに夢中になって溺れていく。

 龍之介と栞の結婚生活がスタートしたのだ。



(おわり)

 
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