上 下
3 / 32
《序章》最後の始まり

第3話 獣

しおりを挟む
走る、走る、走る。

僕は森の中を走っていた、呼吸が辛くなっても、足が悲鳴をあげていても、心臓が痛くても。

背後で響いていた激しい金属音も眩い光と共に轟音が鳴ってからは聞こえなくなっていた。

聞こえるのは荒い息遣いと足音だけ。
赤い月に照らされた薄暗い森を全速力で走る、
泣きそうになっても、転びそうになっても。

一緒にいられない理由は分かっていた、何も出来ないことは分かっていた。
2人と一緒に戦えない自分の弱さを知って、
逃げろと言われて2人の隣に立てないことを知って。
泣きそうになった、挫けそうになった、怖かった、でも僕は走り続けた。


もうすぐ森を抜ける、そう思った時、
周茂みの中から何かが飛び出した。

それを回避するために咄嗟に身を屈め前に数回転がる。

すると何かは僕の頭上を通り過ぎた。

素早く立ち上がり飛び出してきたものを見てみると、黒い獣のような姿をしていた。

「ググフグヴア……」

明らかに友好的ではない、敵意と歯茎を剥き出しこちらに向かって唸る黒き獣、
そして木々の間から似たような獣が複数匹ゆっくりと現れる。

早く街に行かないといけないのに!


鞘から刀を抜刀し自分の胸に掌を当てる。

身体強化ブースト

魔力を込めるのと同時に体に光を纏う。

頭から足、関節1つから臓器に至るまで自分の体を鮮明に感じ取り、
1つ1つの動きによる筋肉動作の無駄を限りなく無くし通常以上の力を出させる無属性のサポート魔術──────


────僕が使える唯一の魔術。


地面を蹴って素早く獣に飛びかかり頭を狙ったけど刀が何かに当たる感覚はなく獣は霧状になって消え空振りする。

消えた?


右から噛み付いて来ようとした獣を
刀で何とかガードしようとするが、
噛みつき折ってやると言わんばかりにブンブンと体を大きく振るっている。

無理やり押し込もうと地面に叩きつけるが汚い唾液を撒き散らし消える。


消しても消しても数は減ることはなく、徐々に数を増やし僕を取り囲もうとする獣達。


『ハイル、追い詰められた時こそ冷静に観察しろ』

お父さんの言葉を思い出して、緊張しつつも鮮明に周りを観察した。

数は12、切っても切っても手応えがない上にさらに増えている気がする、
この数を狩るよりも僕の魔力が尽きるのが先かな……
数を減らして包囲網を突破するより、逃げることだけに集中した方が良いかな。
包囲を突破できる場所が何処かに……


辺りを見渡すと木の枝が他より高い位置にある木を見つける。

地上がダメなら上から逃れるかな?

飛びかかってきた獣を消し、
バネのようにその木の枝の方へ飛び、
そのまま次々と上へ上へと木を登り村の方へ木から木へ飛び移って行く。

このまま方位を抜けて進めばもうちょっとで村に着ける。




包囲から逃げきれたかと思いきや、突如耳元で聞こえた獣の唸り声、体に走る衝撃、左腕に強烈な痛み、
横から飛んできた獣に噛み付かれた。

体は木に叩きつけられ、獣と共に重力に従い地面に落ちる。

うつ伏せで地面に落ち鈍い衝撃と共に、
先程食べたものが逆流しそうになった。



歯を食いしばりながら見上げると2本足で立つ獣のバケモノ達が鋭い牙と前足の爪をギラつかせてニタニタと笑いながら僕をまた包囲していく。

上手く動かない体を無理やり動かし引き摺りながら少しずつ後ろに下がる
それに合わせバケモノはゆっくりを間合いを詰めてくる。

傍に刀がないか探すが、少し離れた場所に転がっている、
落ちた衝撃で手放してしまっていた。

体にムチを打ちフラフラと立ち上がりながら拳を構える。

5匹かな……なんとか……しなきゃ行けない《身体強化ブースト》用の魔力残量はまだある。

────なら!

「うぉぉおおおお」

無謀とも言える最後の足掻き
大地を感触を確かめるように獣に向かって突進し拳を前に突き出すが、
いとも簡単に躱されてしまう。

そして背中に衝撃、地面に叩きつけられてしまった、
獣は背中に乗り上で地面に叩きつけるように飛び跳ねる。


それは武器を持たぬ子供など恐るるに足らんと言っているようだった。

生暖かい感触と柔らかいものが頬を撫でる、
……獣に顔を舌で舐められた。

獣の行動の意図が分からず、
抵抗しようにも体が痺れたように動かず、
ただ地面にひれ伏している。





こんな所でやられる訳には行かないのに、動いて!動け!



必死に身体を動かすが力が入らず動いてくれない、視界に見える景色が白や黒に変化し激しい頭痛も起きている、この症状は《魔力切れ》だ。


バケモノが爪を上げ、振り下ろす。


鋭く尖った爪が近づくのがゆっくりに感じたと同時に色々なことが頭に浮かんだ。

ここで死んじゃうの……かな?
友達と遊べなくなる、お父さんやお母さんに甘えられなくなる、
もうちょっとお父さんとの稽古をちゃんとやってれば、一緒に戦えたのかな?
ここで死んじゃわなかったのかな?
嫌だ、嫌だよなんで僕の身体は動かないの?

いつの間にかバケモノの爪は目の前にあってぎゅっと目を瞑る。


──しかし一向に痛みには襲われない、痛みも感じず死んでしまったのだろうか?

うっすらと目を開けると目の前にバケモノとは違うヒトのような外見をしているが体には鎧のように頑丈な毛皮の鎧を纏った見知った獣人の姿があった。

周囲の獣は突然現れた乱入者に驚いたように警戒する。

「やっぱり切っても効果がないか、さすが影のクソどもだな?」

目の前の口が悪い乱入者は剣を鞘に収め両手に炎を纏い獣達に肉弾戦を仕掛ける、影と呼んだ獣達を次々と目にも止まらぬような速さで消滅させていった。

周囲の獣を一掃させるとこちらへ来て、
布を噛まれた腕に巻き応急処置をしていく。

「おいハイル、大丈夫か?」

赤い月に照らされた獣人が顔を近づけ心配そうにこちらを見る。

「ガルディオスさん……」

僕は掠れた声で彼の名前を口にした。

「俺らが来たからには大丈夫だ、応急だが手当はした、後でしっかり診てもらう必要はあるが
村までは俺が運んでやる、
お前の家の方にも何人か部下を回したから大丈夫だ」


「どうしt「喋るな傷が悪化するぞ、残念だが連れてきた奴らの中に治療魔術を使える奴はいない、村に着くまで少し我慢してろ」


ガルディオスさんはは音を聞きつけてか次々と集まり増え続ける獣を片っ端から消し飛ばしていく。

その勇姿を見ながら僕の意識は限界を迎えてゆっくりと闇の中に落ちて行った。
しおりを挟む

処理中です...