拾った少年は、有能な家政夫だった

麻路なぎ

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8デリート

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 帰りの車の中で、私たちは言葉少なだった。
 夜景綺麗だったとか、人が多かったとか。
 カップルだらけだったね、とか。
 交わした会話はその程度。

「はたから見たら、僕たちもそうなんでしょうね。
 暗いし、お互いの顔なんてほとんど見えませんもんね」

 レイジが苦笑して言う。

「……そうね」

 くねくねとした山道をゆっくりと進み、車は下界へと下りていく。
 時間は今、8時近く。
 決めた。今日も酒飲もう。
 いっぱい飲もう。
 二日酔いにならない程度に。
 幸い、昨日かったチューハイの残りが冷蔵庫に何本か入ってるし。

「……誰かお知り合いがいたんですか?」

 さんざん迷ったのだろう。もうすぐ家につくって頃になって、レイジは言った。

「え? あ……うん、まあ」

「あまり、嬉しい相手じゃなかったみたいですね」

 そりゃそうだ。

「そうねえ。元彼氏よ。この間別れたばかりの」

 隠す理由もないから、私はさらっと見たものの正体を言った。

「あ……ということは、あの……」

 カップルが多かったという事実から、レイジはあることに気が付いたのだろう。
 なんとなく気まずい雰囲気が車の中を包む。

「いいのよ、気にしなくて。
 あいつとは終わったんだから」

 車はアパートの駐車場へとたどり着く。
 エンジンを止めてレイジのほうを向くと、なんだか申し訳なさそうな顔をしてた。

「……あの、すみません」

「だから気にしないでって。
 付き合ったり別れたりなんて、長く生きてれば何度かあるものだし」

 そして、別れた相手と会うことだって、十分あり得るわけで。
 気にしてたら、きりがない。

「車下りて、部屋行こう。
 今日も私、飲むから!」

 そう言って、私は笑って見せた。



 500ミリのチューハイの缶を2本開けた。
 日本酒も少し飲んだ。
 レイジは揚げ出し豆腐を作ってくれた。それはほんとに美味しくて。
 彼は、洋食も和食も作れるんだから、すごいって思う。
 彼はジュースを飲みながら、私の相手をしてくれた。

「もう、信じらんない。斗真のやつ!」

 酒が入るとシラフの時とは違う言葉が、私の口から吐き出されていた。

「せいぜい幸せになればいいのよ、ほんとにもう!」

 とか言いながら、酒をあおった……と思う。
 少々飲みすぎたかもしれない。
 そんな気はする。

 CSの音楽チャンネルを垂れ流しにしていたら、あの『φ―ファイ―』のPV特集なんてやってた。
 こういうのをやるってことはアルバムか何かでるんだろうな。
 いや、出た後かもしれない。
 PVでは、綺麗な服を着た綺麗なお兄さんたちが、耽美な世界を作ってる。
 今流れているのは、静かなバラード曲だった。



   何故別れたの あの人のほうが美人なの?
   もう私なんていらないのね 私 違う人を見つけるの
   貴方のこと 大好きだった だから思い出は全部捨てるわ
   ずっといい人みつけるの……



 別れた相手への未練を言いつつ、次の相手を見つけてやるって、決意する歌。
 ちょっと自分と重なって、なんとなくブルーな気持ちになる。
 お偉いさんのお嬢さんとかいう噂だけど、なんかそうっぽいな。
 服とか靴とか、高そうだった。
 喋り方もなんか上品で。
 私とは大違い。
 嫌味な感じとかしなかったし、いい人っぽいし。

 そうだ。部屋にある斗真にもらったもの、処分しなくっちゃ。
 結局まだ処分してない。
 燃えないゴミの日は明後日だ。
 私はすっと立ち上がり、スーパーの袋を手にもつと、本棚に置いてあったアクセサリーボックスを手にした。

「……琴美さん?」

 後ろでレイジの声がする。
 私はボックスの中身をばっと、袋の中に突っ込んだ。

「琴美さん、何して……」
「捨ててるのー」

「あの、何を」
「もらったアクセサリー」

 酔った私は、ただ目の前のアクセサリーを捨てることしか考えていなかった。
 自分で買ったものが混じっているだとか、そんなことに考えは至らなかった。
 あと斗真になに貰ったっけ?
 あ、コート。
 そう言えば買ってもらったっけ。
 寝室にあるクローゼットに向かってコートを取り出し、ゴミ箱へと突っ込んだ。

「ちょっと、琴美さん?」

 腕を掴まれて振り返ると、そこにはレイジがいた。
 神妙な顔をして立っている。

「何?」

 首をかしげて問いかけると、彼は言った。

「そこまでする必要ってあるんですか?」

「だって、そばにあったら思い出しちゃうじゃない」

 そう。
 そばにあったら思い出す。
 それをもらった時のことも。相手のことも。みんな、思い出しちゃう。
 だから全部リセットしたい。
 全部捨てて、処分して。目の前から消し去りたい。
 斗真と過ごした時間は楽しいもので、けど、その楽しかった思い出は、別れた今、ただ辛いだけ。

 時間がたてば美しい思い出に変わるだろうけれど、私はそこまで、簡単に開き直れない。
 涙がつーっと、一筋頬を伝っていく。
 別れてまだちょっとしかたってないもんね。
 未練があるのは当たり前。
 別れ話の後すぐミクを呼び出して、飲み行って、愚痴いっぱい言って。
 いい気分で町を歩いて、この子を拾った。
 だから、正直いって、あいつのことは結構忘れられてた。
 だけどさ。目の前に現れたら嫌でも思い出すよね。

 っていうか、別れてすぐ別の女の子とデートしてるとこ見せつけられるとか、けっこうショックだよ。
 いや、あの馬鹿は気がつかなかったみたいだけど。
 それに、さ。あの見晴台じゃ気付かないふりしたけれど。
 たぶんさ。
 たぶん、本当は二股かけられてたんだろうなって思う。

 見たくない、現実。
 ……目をそらしたい、現実。
 そんな思いがあふれてく。
 それにさ。

 目の前にいるこの子に、心ときめく瞬間があるって事実も、また、私には苦しいことなんだ。
 だって、いなくなるじゃない。
 昨日と、今日と。
 ただ家にいて、家事やってくれただけだけど。
 ご飯おいしくて。
 何も言わないのに、おつまみ作ってくれて。
 きれいに掃除してくれて。
 買い物したもの、運ぶの手伝ってくれて。そんなちょっとした気遣いがさ。
 本当にうれしくて。
 私が作ったもの、褒めてくれて。

 だけど。
 明日で終わるじゃない。
 連休が終わるじゃない。
 君もいなくなる。
 ただ、思い出だけが残るけど、でも、私は君の名前も知らないし。
 偽りの名前を教えられ、君についてほとんど知らないで、そして別れるんだ。

 まるで蜃気楼のように、不確かな存在のままで、ふっと消えちゃうのかなあ。
 私は何も言葉にできなくて、ただ、声もなく泣いた。
 そんな私に対して、彼は戸惑いがちに私の頭に手を置いた。

「すみません。僕、こういう時どうしたらわからなくて」

 頭に置かれた手は大きくて。でも、斗真とちがって繊細で。
 そして、ちょっと、暖かかった。
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