私が鬼になったら私を殺してください―大正妖恋奇譚

麻路なぎ

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 この町は、璃翠りすい、というらしい。
 赤坂に近い町で、日が暮れた時間でも商店街にはたくさんの人が行き交っている。
 こんなに人が多い所に来ると気が引けてしまう。
 夜の街を彩る外灯がきらきらして眩しい。
 先を行く昴さんの後を、私は懸命についていった。
 迷子になりそうで不安すぎる。はぐれたら二度と会えなくなりそう。
 せめて手を繋げたら……と思うけど、そんなことできるわけもなく、私は必死に彼の後を追いかけた。
 すたすたと歩く昴さんに連れて行かれたのは、洋食屋さんだった。
 お品書きにはよく知らない料理の名前が並んでいる。
 ライスカレー、オムライス、ビフテキ、コロッケ……
 一度、お嬢さんとこういうお店に来たことはあるけど、そのときはお嬢さんが頼んでくれたからな……何を頼んだらいいのか全然わからない。
 あの時は確か、卵がご飯の上にのった料理を食べた気がする。

「何頼んでもいいよ」

 そう言われても、正直困ってしまう。
 コロッケは……たしかじゃがいもを潰して油で揚げたものだっけ。
 ライスカレーもなんとなく知ってる。
 どうしよう、何を頼もう……
 全然わかんない……
 
「カレーは好みが分かれるから、オムライスが無難だと思うけど」

「え、あ、え?」

 驚いてお品書きから視線を外して向かいに座る昴さんを見た。
 彼は頬杖ついてお品書きを見つめている。

「何を頼んでも大丈夫だよ。値段とかは気にしなくていい。悩むならオムライスが無難だと思っただけ」

「オムライス……」

 て、どんなものなんだろう……

「味の付いたご飯に卵をのせてソースをかけたものだよ」

 あ、それだ。前にお嬢さんと食べた料理は。
 あれ、おいしかった覚えあるし……

「じゃあそうします。昴さんは何を食べるんですか?」
 
「僕はコロッケにするよ」
 
 そう言って、昴さんはお品書きをテーブルの隅に片付けて店員を呼んだ。

「あの、よくこういうお店に来るんですか?」

「うん。ひとりだからね。あんまり家にはいないんだ。」

 そして彼は、水の入ったコップを手にする。
 そうか。ひとり暮らしなんだ。

「あの……家族は……?」

 遠慮がちに聞いてみると、彼はコップの水を見つめて言った。

「いないよ」

 それだけ答えて、水を口にする。
 いないんだ……
 私といっしょなんだな。
 なんでいないのか、なんて聞けなかった。私みたいに死んじゃったのかな。
 私はおっかあのことしか知らない。
 おっとうがどこにいて、何をしている人なのか何も知らない。
 ただ、異人だ、ということ以外おっかあは教えてくれなかった。
 いつか会うことがあるんだろうか。
 会いたいかと言われたらどうかな……

「君は。行くあてがないってことは、家族はいないの」

 淡々と言われ、私は頷き答える。

「いないです。おっかあしか家族いなかったし、もう死んじゃったから」

「そう」

 短く答え、彼は頬杖ついて私を見る。

「父親は」

 その問いに、私は首を横に振る。

「知らないんです。どこの誰で、何者なのかも」

 でも、名前だけは聞いた気がする。
 名前、なんだったっけ……えーと……えーと……

「れいじゅ」

 そう呟くと、昴さんの目が一瞬、大きく開いた気がした。

「それは名前?」

「はい……確か、おっとうの名前、って言われた気がするけど、でも……変ですよね。おっとうは異人だって言われたのに、れいじゅって異人ぽくないし」

 だから私、れいじゅ、が本当におっとうの名前なのか疑ってる。
 でもおっかあがそんな嘘を教える理由もないしな……
 れいじゅは名前なのか、なにか違う意味があるのか私にはわからない。

「昴さん、お仕事は、その……」

「僕は祓い師だよ」

 祓い師、って何?
 聞いたことない言葉に私は首を傾げる。

「妖怪とか、幽霊とか、そういうあやかしの類を祓うのが僕の仕事」

 妖怪、幽霊。
 そういえば利一さんが鬼がどうとか言っていたけど、あれ、何だったんだろう……?

「妖怪とかっているんですか……?」

 半信半疑で尋ねると、昴さんは短かく言った。

「いるよ」

 いるんだ……なんか信じがたいけど、昴さんが言うなら本当にいるんだろうな……

「家にいないって言うのは、仕事でいないってことですか?」

「それもあるけど、ひとりでいるのが好きじゃないだけ」

 京佳さんが言っていたっけ。昴さんは遊郭に寝に来てるって。ひとりでは眠れないからと。
 ……何かあったのかな。でもそんな踏み込んだことは聞けないしな……
 
「そう、なんですね。あの、私にできる事ってなにかありますかね……?」

 家事はできる。
 でも他にできることは何もない。
 まさか仕事の手伝いはできないしな……
 昴さんは私の顔をじっと見つめ、そして言った。

「僕の手伝い」

 思っていたことと全然違うことを言われて、私は呆然と昴さんを見つめた。
 仕事の手伝いって……

「僕の仕事を手伝って」

「で、でも私、何にもできない……」

「あるよ」

 私の言葉を遮って昴さんが言った時、食事が運ばれてきた。
 私の前にオムライスが置かれ、昴さんの前にはコロッケとご飯、スープが置かれた。
 コロッケ……て、名前だけは知ってるけど初めて見た……
 私は恐る恐るスプーンを手に取り、いただきます、と小さく呟いてオムライスにスプーンを刺した。

「あ、あの、私にできることって……なんですか?」

 慣れないスプーンでなんとかオムライスをすくいながら、私は尋ねた。

「それはわからないけど。僕が仕事に行くときに着いてくればいいよ。仕事は不定期で、突然だけど。することがないときは、うちにいてもいいし出かけていてもいいし、何していてもいいよ」

「何をしても……って言われても……」

 何をしたらいいかなんて全然わからない。
 困る。何をしたらいいかは言ってもらわないと全然わからない。
 思わず手を止めて考えていると、困ったような声で昴さんが言った。
 
「……あぁ、そうか。ごめんね、僕は人を使うことが余り得意じゃないから。えーと……とりあえず、家事はできるんでしょ? うちの事を任せている人たちがいるから彼女たちから仕事教わって」

「わかりました」

 よかった、私にできることがある。
 がぜんやる気が出てきた私は、オムライスを勢いよく食べた。
 
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