私が鬼になったら私を殺してください―大正妖恋奇譚

麻路なぎ

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9 家族

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 その日の夜。
 時間は九時を回っている。
 夕飯を終えて銭湯に行ったあと、屋敷に帰るなり昴さんは出かけてしまい、今私はひとりぼっちだ。
 早く寝よう。
 そう思い布団に入るけれど……昨日とうってかわって全然寝付けなかった。
 昨日は一晩中走ってうちまで行って、全然寝ていなかったから疲れて眠れたんだろうけど……今日は違う。
 そこまで疲れることをしていないし、頭の中を利一さんのことがチラついてしまう。
 あの日の夜、なぜか別の部屋でひとりで寝るように言われて、寝てたら利一さんが部屋にいた。
 そして、布団を引きはがされて寝間着に手を掛けられて……
 思い出しただけで身体が震えてくる。
 皆知ってて、私をひとりで寝かせたんだろうな。
 そう思うと裏切られたみたいで悲しすぎる。
 そして、利一さんに襲われて夢中で逃げ出して、ここにたどり着いた。
 あれは月曜日の夜で、今日が水曜日だから……まだ二日しか経ってないんだ。
 やだ、涙が出てきた。
 どうしよう……怖い。
 ここは安全なはずだ。
 昴さんの家だし、利一さんは私がどこにいるかなんてわからないはずだから。
 なのに……
 怖い。
 だって利一さん、わざわざ私を追いかけてきたんだもの。
 また私の前に現れる可能性はじゅうぶんある。
 こんな想いをするなら、思い切って殺しておけばよかった。
 私をあんな目に合わせたんだから。

 

 結局ほとんど寝ることが出来なくて、ふらふらと起きて着替えをし、廊下に出た。
 すると今日は昨日と違う女の子が雑巾がけをしていた。
 ぼたんちゃんよりは年が上で、たしかめいこ、って名前だと聞いた。
 ぼたんちゃんが七歳で、めいこちゃんは十歳だと言っていたっけ。
 くりくり、とした目の彼女は私を見るとにこにこ笑い、言った。

「おはようございます!」

「あ、お、おはよう、ございます」

 言いながら私は頭を下げる。
 彼女は私の顔をじっと見つめて首を傾げた。

「あれ、すごく疲れてる顔してるけどねむれなかったの?」

「え、う、うん……ちょっとね……」

 ほとんど眠れなかったんだから顔に思いきり出るよね……

「怖い夢でも見たの?」

 怖い夢、ならどんなによかっただろう。
 あれは夢じゃない。
 それでも私は無理やり笑顔を作って、

「大丈夫」

 と答える。

「昴様はね、ひとりでは眠れないんだって。私もそうだからすっごくわかる。お姉ちゃんも誰かと一緒に寝たらきっと怖くないよ!」

 昴さんがひとりで眠れないって話、こんな小さい子まで知ってるんだ。
 でもなんでひとりじゃ眠れないんだろう?
 
「誰かと一緒かぁ……」

 そう言われても一緒に寝る相手なんていない。
 
「そうだよ! 私はぼたんと一緒に寝てるんだ! 私もぼたんも、鬼の夢見て泣いちゃうことあるけど、ふたりで一緒にいるから平気なんだ!」

 鬼の夢……?
 それってどういう……
 なんだか引っかかるけどめいこちゃんは、掃除があるから、と言い雑巾がけを再開した。
 めいこちゃんとぼたんちゃんは孤児だと聞いた。
 昴さんが拾ってきたと。
 もしかして……家族が鬼に殺されたのかな。
 そうは思うものの確認なんてできるわけがなく、私はいそいそと台所へと向かった。
 食事の用意が終わり食卓に行くと、眠そうな顔をした昴さんが新聞を見ていた。
 昨夜も遊郭に行っていたんだろうな。
 誰かと一緒になら眠れるか……
 この家にいるのは昴さんだけだし……でも昴さんは夜、家にいない。
 そうなると今夜も眠れないかな、私。

「今日は午前中、加賀子爵の家に行ってくるよ。夜はいないからよろしく」

「かしこまりました」

 そんな昴さんの言葉が聞こえてくる。そうだよね、夜はいないんだもんね。
 今夜も私、この広いお屋敷にひとりか。
 そう思うと無性に寂しさが広がっていく。
 朝食を終え、片づけをしようとすると昴さんに呼ばれた。

「ねえ、ちょっと来て」

「え、あ……はい」

 来て、と呼ばれて後を着いて行くと、連れて行かれたのは書斎だった。
 いったい何の用だろう……
 中に入るなり、昴さんは私の頭に手を触れて言った。

「何かあった?」

「え……い、いいえ何もないです」

 夜眠れなかったけど、それは大したことじゃないし……
 頭に触れた手が、なんだか温かい。
 
「そう、ならいいけど」

 言葉と共に頭に触れていた手が離れていってしまう。
 何でだろう、さっきまで寂しさとか哀しさとかあったのに、今はそんな気持ち、どこかにいってしまったみたいだ。

「あ、あの……」

「なに」

「いつも、夜は遊郭で寝ているんですか……?」

「混んでいなければね」

 遊郭って混むことあるんだ。

「なんで遊郭で寝ようって……」

「それは……」

 と言い、昴さんは気恥ずかしそうに視線をそらす。

「家族が死んで、最初の一年は敬次郎たちの家族と一緒に寝ていたけれど……いつまでも一緒にいるわけにもいかないし。でもひとりでこの家を使うようになってからは、ずっと外で寝てて、家で寝られたことはないかも」

「ご家族はいつ……」

「僕が十二の時だから……九年前かな」

 っていうことは、昴さんは二十一なんだ。
 でもちょっと待って? 家族全員同じ時期に死んだって事?
 事故かなにかだろうか。まさか一家心中とか?
 でもひとりだけ生き残るって哀しすぎる……
 
「ど、どうして亡くなったんですか?」

 遠慮がちに尋ねると、ぴきーん、と空気が張りつめたような気がした。
 き、聞いたらまずかったかな……
 私は俯き、

「すみません」

 と、消え入る声で言う。
 知り合ってまだちょっとしかたっていないし、そんなことおいそれと聞くことじゃないよね。
 反省していると、昴さんの声が聞こえてきた。
 
「殺された」

 静かな、冷たい声が響く。
 殺された……?

「え、あ……それってどういう……」

 顔を上げておそるおそる尋ねると、昴さんは下を俯き、怖い顔をしていた。
 殺されたって……いったい誰にそんなこと。
 
「その話は今するつもりはないよ。じゃあ僕は出かけるから」

 冷たい声で言い、昴さんは私から離れて書斎を出て行ってしまった。
 どうして私をここに呼んだんだろう……
 頭に触れたかっただけ……?
 そんなわけないか。
 不思議な人だな、昴さんて。 
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