私が鬼になったら私を殺してください―大正妖恋奇譚

麻路なぎ

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28 次の約束

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 その週の金曜日。
 その日は朝から雨が降っていた。
 雨の日は何となく憂鬱な気持ちになってしまう。
 庭に植えられた木の葉はだいぶ色を変え始めた。
 私がここに来たときはまだ暑い日があったけど、十月に入ったら涼しい日が増えてきた。
 私、ずっとここにいるんだろうか。
 でも行くあて、どこにもないしな……
 桐ヶ谷さんも京佳さんも、私と昴さんがいい仲なのかと思ったと言っていたけど、そんなことあるわけがない。
 私は今十八だ。
 縁談の話があってもおかしくない歳だけど……結婚なんてできる気はしていない。
 父親のわからない、異国の血が流れる私と結婚なんてしたがる相手、いるわけないもの。
 桐ヶ谷さんみたいな人なら楽しそうだけど、あちらは軍人だし、昴さんとの付き合いが長いと言っていたから華族でもありそうだ。
 昴さんも身分が違いすぎるし、私じゃあ不釣り合いよね。
 でも……
 抱きしめられて眠った時のことを思い出すと恥ずかしさに顔が熱くなる。
 昴さんがひとりじゃ眠れなくて、悪夢にうなされて震える姿には心が揺れ動いた。
 でもそれはただの同情だ。好意じゃない。
 昴さん、顔はたぶんいいと思う。ちょっと目つき悪くて、何考えてるのかわからない無表情が多いけど。
 私が頼み事をして困ってる姿をみると、ちょっと楽しい。
 
「でもそれって、なんだか意地悪しているみたい」

 そう呟き、私は帰宅した昴さんのためにお茶とお菓子を用意する。
 お菓子はチョコレートとキャラメルなので、お茶は舶来の紅茶を淹れることにした。
 ティーカップをふたつ用意して、ポットからお茶を注ぐとかぐわしい匂いが漂う。
 昴さんは私の分も持ってくるように言うので、昴さんが帰宅すると私とお喋りする時間になっていた。
 盆を持って書斎に行くと、昴さんの姿がなかった。

「あれ……」

 どうしたんだろう……
 確かに書斎に入られたはずなのに。
 どこに行かれたんだろう?
 そう思いソファーに近づくと、そこに寝息をたてて眠っている昴さんの姿を見つけた。
 ……どうしよう。
 そう思いつつ、私は持っている盆と昴さんの寝顔を交互に見た。
 寝ているなら起こしたら悪いよね。
 昴さん、ひとりでは眠れないと言っていたけど眠れるようになったんだろうか。それともよほど疲れたのかな。
 起きないならと、そっとその場を離れようとすると、ぎしっと床が音をたてる。
 すると昴さんはゆっくりと目を開き視線を巡らせた。
 そして私と視線が合うと、何度も瞬きを繰り返した。

「あ、れ……」

「昴さん、大丈夫ですか? あのお茶をお持ちしましたけど、起きられますか」

 すると昴さんは片手で顔を覆い、言った。

「ごめん、ひとりで眠れるなんて思わなかったから」

「私も驚きました。お昼寝は大丈夫なんですか?」

「いいや……ひとりで寝ること自体がむりだったから」

 そして、昴さんは身体を起こす。

「お茶、置きますね」

 そう声をかけて私はカップののった皿とお菓子のお皿を置く。

「ああ、ありがとう」

 そして、昴さんはお菓子の方に目を向けた。
 そこには四角いチョコレートが五切れと、包み紙に包まれたキャラメルが三つ、のっている。
 これは先日京佳さんと買い物に行った時に買ったものだ。

「チョコレート……」

「はい、この間買ってきたので一緒にいただこうと思いまして」

 そして私の分のお茶とお菓子をテーブルに置き、私は昴さんの向かい側にあるソファーに腰掛けた。
 昴さんは軍に行ったあとは必ず疲れた顔をして帰ってくる。
 だから私としてはお茶を置いたらさっさと部屋をあとにしてひとりにしてさしあげたいんだけど、それは嫌なんだそうだ。
 そもそもひとりでいるのが嫌なのかもしれない。

「着物」

「はい」

「加賀子爵のお嬢さんにいただいた反物、自分で縫ってるの」

「はい、そうです。私、縫うのは遅いから時間がかかると思いますけど」

「べつに、人に頼んでもよかったのに」

「それはお金もかかりますし、自分でしたかったから」

 さすがに、そんなにお金を出してもらうわけにもいかない。
 だから自分でできることは自分でしたい。
 この間、私が針で指を刺したからそんなことを聞いてきたのかな。
 私はカップを手にしてゆっくりと持ち上げる。

「そう。今日、彰吾に会ったんだけど、目黒のばら園を勧められた」

「……ばら……ですか?」

 ばら……て花のことよね。

「ばらは春と……秋に見頃らしい。それで見に行ったらどうかと」

「目黒って……どこですか……?」

「新宿の先だよ。君、この間買い物に行った時にばらの反物をずっと見ていたでしょう」

 言われて私は顔が熱くなるのを感じた。
 確かに花柄の可愛い反物があった。
 青地に赤や白の花が大胆に描かれたもので、でもさすがに高いから買わなかったけど……あれ、ばらだったんだ。知らなかった……

「最近流行ってるそうだよ。ばらの柄」

「そ、そ、そうだったんですか?」

 もちろん私はそんな事は知らない。ただ可愛くて見とれていただけだ。

「見に行く?」

 問いかけられて私は黙って頷き、ティーカップに口をつけた。
 私が知らない場所、たくさんあるし知らないものもたくさんある。
 だから色々と見たいし、色々と行きたい。

「じゃあ……来週の日曜日に」

「わかりました」

 またおでかけ出来るんだ。そう思うと楽しくなってくる。
 何を着よう?
 今度はちゃんと考えないと。
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