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月曜日の朝
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朝の通勤ラッシュは毎日のこと。
電車の揺れに合わせて、身体も揺れる。
4月上旬の月曜日の朝。
前後左右の人たちと身体が触れあうほど混雑した車内で、私はスマホをいじっていた。
周りにいるのは制服姿の高校生やサラリーマンにOL。
いたって普通の、いつもと同じ朝の光景だ。
電車が大きくがたん、と揺れる。
何かが太ももに当たった気がするが、この揺れならばかばんでもなんでも当たるだろう。
私はさほど気にせず、スマホをいじり続けた。
車内アナウンスが流れ、電車が駅に近いことを告げる。
次の駅が私のいく会社の最寄駅だ。
電車が減速し、また人々が揺れる。
電車が止まり扉が開くと、たくさんの人が駅へと下りていく。
私も人の波にのり、電車を降りた。
毎日のこととはいえ、満員電車は疲れる。
私はショルダーバッグのひもを握り、階段へと向かおうとした。そのとき。
「あの、すいません」
背後から男の声がかかり、私は振り返った。
大学生くらいだろうか? 焦げ茶色の髪をした、ジーパンにカットソーを着た眼鏡の青年がたっている。
彼は、着ていたであろうパーカーをひろげ、私に近づいてくると私の下半身を隠すようにして、小さな声で言った。
「あの……スカート、切れてます」
「え?」
彼が隠す右のお尻から太ももあたりに触れると、確かに裂け目ができていた。
なにこれ。
切られたってこと?
不自然な切れ目だし……うそ、最悪。
顔を青くする私に対して、青年は言う。
「あの、よかったらこれ、まいてください。
とりあえず裂け目、隠れると思うんで」
と言い、パーカーを差し出す。
「え……でも……」
「そのままじゃ……その……」
と言って少し頬を染めている。
裂けているってことはそこから下着が見えた……のかな。
私は青年の申し出をありがたく受けることにした。
「ごめんなさい、ありがとう」
パーカーを受け取り、それを腰に巻いて袖を前で縛った。
確かにこれなら裂けているところが隠れる。
「警察に、ちゃんと届けたほうがいいですよ。
それじゃあ、俺、行かないと何で」
と言って、青年は人の波に消えていく。
「あ、ちょっと……」
このパーカー、どうしよう。
もう青年の姿は見えない。
この時間にまたこの駅で会えるだろうか?
私は会社に連絡をし、交番へと足を向けた。
気分は最悪だった。
スカート切られるとかどういうこと。スカートは警察に証拠として提出することになった。切られたところを見てみたら、はさみを適当にあてて切ったような、ザクザクな切れ目になっていた。
いったいどうやって切ったんだろう。さほど大きな切れ目ではなかったけれど、怖すぎる。
会社に連絡したら、今日はそのまま帰っていいと言われた。
まあ、服買いに行くにしてもこの時間じゃあいていないし、家帰って着替えて出社したら結構な時間になる。
私は上司の言葉に甘えることにした。
アパートで着替えて、私はあの借りたパーカーを見た。
紺色の、ファストファッションのパーカーだ。
これ、どうしよう?
返す術がわからない。
いつもあの電車に乗っているなら、そのうち会えるかも知れないけれど、とても確率が低いんじゃないかと思える。
私はその日から金曜日まで、洗濯したそのパーカーを通勤時持ち歩いたが、1度も彼を見かけることはなかった。
まあ、そうだよね。
人、多いし。
同じ時間に乗ってるとは限らないもんね。
その週末、土曜日。
私は買い物にいこうと電車に乗っていた。
この間スカート切られちゃったし。
新しい服を買わなければ。
そこそこ混雑した車内には、カップルの姿も多かった。
私は恋人なんぞいない。
付き合ったことがないわけではないけれど、もう何年もいない。
気がつけばもうすぐ25歳。
オフィスラブの気配もないし、出会いもない。
あーあ。
べつにいいけど、たまにカップルが羨ましくなることはある。
誕生日とか、クリスマスとか。
前は友達が祝ってくれたけれど、友達も彼氏ができて、会う機会も減ってしまった。
ゴールデンウィークがもうすぐやってくるけれど、予定は特になかった。
せつない。
車内アナウンスが、停車を告げる。
駅につくと、沢山の人が電車を降りる。
ここはいわゆるターミナル駅だ。
新幹線も止まるので、利用者は多い。
私はホームから階段を上り、改札へと向かう。
そこで、私は見覚えのある青年が改札からでて曲がっていくのを見かけた。
「あっ!」
と、私は声をあげ走り出した。
ピッと改札にICカードをタッチして、彼が曲がった方に向かう。
白いパーカーを羽織り、黒いボディバッグを背負った彼を見つけるのはわりと簡単だった。
走って彼を追いかけて、
「すみません」
と声をかけた。
パーカーの彼は振り返ると、少し驚いた顔をした。
「この間のお姉さん」
「ずっと探してたんです。
あの、パーカー、ありがとう。助かりました」
すると、青年は笑顔で首を振る。
「あれくらい、大丈夫ですよ。
それより、あの時怪我はなかったですか?」
と聞かれ、私はうなずく。
「ええ。怪我はなかったです。
パーカー、返そうとずっと持ってたんですけど、全然会えなかったので諦めて今はもってないんです」
と言うと、彼は微笑んで首を振った。
「別にいいですよ。気にしてないですから」
と言われても、私の気が済まない。
「あの、今時間あります?」
そう尋ねると、彼は頷いた。
「えぇ。暇つぶしに、買い物に来ただけ何で時間はありますよ」
「じゃあ、ご飯、おごらせてください」
時間は11時。
ランチには少し早いけれど他にお礼の方法が思いつかない。
コーヒーとかじゃ安すぎるし。
「いいんですか?」
と驚いた顔をする青年に、私はこくこくと頷いた。
「はい。お願いですからおごらせてください。
じゃないと気が済まないし」
すると、彼は微笑んで、わかりましたと答えた。
「私、園崎那実です」
「俺は、浦川十羽。大学生です」
大学生。
やっぱり若かった。
私は浦川君と共に、駅近くのレストランに行った。
ちょっと高めのイタリアンレストランだ。
オープンして間もないため、まだお客さんの姿は少なかったのですんなり席に座ることができた。
「なんでも頼んで大丈夫だから」
と声をかけて、私はメニューに目を落とす。
そう言ったものの、ランチの時間なので大したお値段のものにはならないでしょうけれど。
パスタかピザ。それにサラダやケーキにドリンクが付くセットが一番無難だろうか。
私はカルボナーラとサラダ、チョコレートケーキとコーヒーを頼んだ。
彼はマルゲリータピザにサラダ、ミニグラタンとシフォンケーキ、コーラのセットを注文する。
焦げ茶色のさらりとした髪、縁のない眼鏡の中の瞳は一重で涼しげに見える。
ちょっとかっこいいかもしれない。
年下相手に何を考えているんだろうと思いながら、水を一口飲んだ。
「お姉さんは、OLさんですか?」
「え? えぇ。この近くの会社で働いてて、いつもあの時間の電車に乗ってます」
「俺、電車でお姉さんを何回か見たことあります。
学校早いとあの電車に乗るんですよね」
「え、そうなの?」
「はい。
何人か、よく見かける人って覚えちゃうんですよね。
同じ車両乗ったりしてると」
私は全然覚えないけど。
同じ電車ってだけで覚えてる人がいるなんてすごい。
「私だいたい同じ車両だけど、周りなんて気にしたことないわ」
「ははは。そうですよね。
俺もたまたま覚えてる人がいるってだけで、皆を覚えているわけじゃないですよ」
そうだけど、私なんて全然、人の顔覚えるの苦手だしなあ……
「ええと、浦川君は大学生って言ってたけど、何年生?」
「3年です。この近くの大学行ってて」
「そうなんだ」
3年生と言うことは、今年で21歳か。
4つ下かー。若いなあ。
そんな話をしているうちに、食事が運ばれてくる。
私たちは他愛もない趣味の話だとか学校や会社の話をして、楽しく時間を過ごした。
初対面にしてはよく喋ったなと思う。
ランチが終わり、お会計を済ませて外に出る。
「ごちそうさまでした」
と言って、彼は頭を下げる。
「そうだ、パーカー、どうしたらいいかな?」
と問いかけると、彼はうーんと呻った後、にっこりと笑って言った。
「じゃあ、今度、俺とデートしてくれますか?」
「はい?」
何を言われたのか理解するのに、数分の時間を要した。
電車の揺れに合わせて、身体も揺れる。
4月上旬の月曜日の朝。
前後左右の人たちと身体が触れあうほど混雑した車内で、私はスマホをいじっていた。
周りにいるのは制服姿の高校生やサラリーマンにOL。
いたって普通の、いつもと同じ朝の光景だ。
電車が大きくがたん、と揺れる。
何かが太ももに当たった気がするが、この揺れならばかばんでもなんでも当たるだろう。
私はさほど気にせず、スマホをいじり続けた。
車内アナウンスが流れ、電車が駅に近いことを告げる。
次の駅が私のいく会社の最寄駅だ。
電車が減速し、また人々が揺れる。
電車が止まり扉が開くと、たくさんの人が駅へと下りていく。
私も人の波にのり、電車を降りた。
毎日のこととはいえ、満員電車は疲れる。
私はショルダーバッグのひもを握り、階段へと向かおうとした。そのとき。
「あの、すいません」
背後から男の声がかかり、私は振り返った。
大学生くらいだろうか? 焦げ茶色の髪をした、ジーパンにカットソーを着た眼鏡の青年がたっている。
彼は、着ていたであろうパーカーをひろげ、私に近づいてくると私の下半身を隠すようにして、小さな声で言った。
「あの……スカート、切れてます」
「え?」
彼が隠す右のお尻から太ももあたりに触れると、確かに裂け目ができていた。
なにこれ。
切られたってこと?
不自然な切れ目だし……うそ、最悪。
顔を青くする私に対して、青年は言う。
「あの、よかったらこれ、まいてください。
とりあえず裂け目、隠れると思うんで」
と言い、パーカーを差し出す。
「え……でも……」
「そのままじゃ……その……」
と言って少し頬を染めている。
裂けているってことはそこから下着が見えた……のかな。
私は青年の申し出をありがたく受けることにした。
「ごめんなさい、ありがとう」
パーカーを受け取り、それを腰に巻いて袖を前で縛った。
確かにこれなら裂けているところが隠れる。
「警察に、ちゃんと届けたほうがいいですよ。
それじゃあ、俺、行かないと何で」
と言って、青年は人の波に消えていく。
「あ、ちょっと……」
このパーカー、どうしよう。
もう青年の姿は見えない。
この時間にまたこの駅で会えるだろうか?
私は会社に連絡をし、交番へと足を向けた。
気分は最悪だった。
スカート切られるとかどういうこと。スカートは警察に証拠として提出することになった。切られたところを見てみたら、はさみを適当にあてて切ったような、ザクザクな切れ目になっていた。
いったいどうやって切ったんだろう。さほど大きな切れ目ではなかったけれど、怖すぎる。
会社に連絡したら、今日はそのまま帰っていいと言われた。
まあ、服買いに行くにしてもこの時間じゃあいていないし、家帰って着替えて出社したら結構な時間になる。
私は上司の言葉に甘えることにした。
アパートで着替えて、私はあの借りたパーカーを見た。
紺色の、ファストファッションのパーカーだ。
これ、どうしよう?
返す術がわからない。
いつもあの電車に乗っているなら、そのうち会えるかも知れないけれど、とても確率が低いんじゃないかと思える。
私はその日から金曜日まで、洗濯したそのパーカーを通勤時持ち歩いたが、1度も彼を見かけることはなかった。
まあ、そうだよね。
人、多いし。
同じ時間に乗ってるとは限らないもんね。
その週末、土曜日。
私は買い物にいこうと電車に乗っていた。
この間スカート切られちゃったし。
新しい服を買わなければ。
そこそこ混雑した車内には、カップルの姿も多かった。
私は恋人なんぞいない。
付き合ったことがないわけではないけれど、もう何年もいない。
気がつけばもうすぐ25歳。
オフィスラブの気配もないし、出会いもない。
あーあ。
べつにいいけど、たまにカップルが羨ましくなることはある。
誕生日とか、クリスマスとか。
前は友達が祝ってくれたけれど、友達も彼氏ができて、会う機会も減ってしまった。
ゴールデンウィークがもうすぐやってくるけれど、予定は特になかった。
せつない。
車内アナウンスが、停車を告げる。
駅につくと、沢山の人が電車を降りる。
ここはいわゆるターミナル駅だ。
新幹線も止まるので、利用者は多い。
私はホームから階段を上り、改札へと向かう。
そこで、私は見覚えのある青年が改札からでて曲がっていくのを見かけた。
「あっ!」
と、私は声をあげ走り出した。
ピッと改札にICカードをタッチして、彼が曲がった方に向かう。
白いパーカーを羽織り、黒いボディバッグを背負った彼を見つけるのはわりと簡単だった。
走って彼を追いかけて、
「すみません」
と声をかけた。
パーカーの彼は振り返ると、少し驚いた顔をした。
「この間のお姉さん」
「ずっと探してたんです。
あの、パーカー、ありがとう。助かりました」
すると、青年は笑顔で首を振る。
「あれくらい、大丈夫ですよ。
それより、あの時怪我はなかったですか?」
と聞かれ、私はうなずく。
「ええ。怪我はなかったです。
パーカー、返そうとずっと持ってたんですけど、全然会えなかったので諦めて今はもってないんです」
と言うと、彼は微笑んで首を振った。
「別にいいですよ。気にしてないですから」
と言われても、私の気が済まない。
「あの、今時間あります?」
そう尋ねると、彼は頷いた。
「えぇ。暇つぶしに、買い物に来ただけ何で時間はありますよ」
「じゃあ、ご飯、おごらせてください」
時間は11時。
ランチには少し早いけれど他にお礼の方法が思いつかない。
コーヒーとかじゃ安すぎるし。
「いいんですか?」
と驚いた顔をする青年に、私はこくこくと頷いた。
「はい。お願いですからおごらせてください。
じゃないと気が済まないし」
すると、彼は微笑んで、わかりましたと答えた。
「私、園崎那実です」
「俺は、浦川十羽。大学生です」
大学生。
やっぱり若かった。
私は浦川君と共に、駅近くのレストランに行った。
ちょっと高めのイタリアンレストランだ。
オープンして間もないため、まだお客さんの姿は少なかったのですんなり席に座ることができた。
「なんでも頼んで大丈夫だから」
と声をかけて、私はメニューに目を落とす。
そう言ったものの、ランチの時間なので大したお値段のものにはならないでしょうけれど。
パスタかピザ。それにサラダやケーキにドリンクが付くセットが一番無難だろうか。
私はカルボナーラとサラダ、チョコレートケーキとコーヒーを頼んだ。
彼はマルゲリータピザにサラダ、ミニグラタンとシフォンケーキ、コーラのセットを注文する。
焦げ茶色のさらりとした髪、縁のない眼鏡の中の瞳は一重で涼しげに見える。
ちょっとかっこいいかもしれない。
年下相手に何を考えているんだろうと思いながら、水を一口飲んだ。
「お姉さんは、OLさんですか?」
「え? えぇ。この近くの会社で働いてて、いつもあの時間の電車に乗ってます」
「俺、電車でお姉さんを何回か見たことあります。
学校早いとあの電車に乗るんですよね」
「え、そうなの?」
「はい。
何人か、よく見かける人って覚えちゃうんですよね。
同じ車両乗ったりしてると」
私は全然覚えないけど。
同じ電車ってだけで覚えてる人がいるなんてすごい。
「私だいたい同じ車両だけど、周りなんて気にしたことないわ」
「ははは。そうですよね。
俺もたまたま覚えてる人がいるってだけで、皆を覚えているわけじゃないですよ」
そうだけど、私なんて全然、人の顔覚えるの苦手だしなあ……
「ええと、浦川君は大学生って言ってたけど、何年生?」
「3年です。この近くの大学行ってて」
「そうなんだ」
3年生と言うことは、今年で21歳か。
4つ下かー。若いなあ。
そんな話をしているうちに、食事が運ばれてくる。
私たちは他愛もない趣味の話だとか学校や会社の話をして、楽しく時間を過ごした。
初対面にしてはよく喋ったなと思う。
ランチが終わり、お会計を済ませて外に出る。
「ごちそうさまでした」
と言って、彼は頭を下げる。
「そうだ、パーカー、どうしたらいいかな?」
と問いかけると、彼はうーんと呻った後、にっこりと笑って言った。
「じゃあ、今度、俺とデートしてくれますか?」
「はい?」
何を言われたのか理解するのに、数分の時間を要した。
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