私の夫は変わっている

榎南わか

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初夜とは?(迷走中)

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「クロエ、今日で貴様は俺の妻だな」
「……はい、旦那様」

そう、珍しく殊勝に目の前の男に微笑んでみせると、男ーーウィリアム・アヴァロンは照れたように私から目を逸らした。
式のときも思ったけれど、今日の彼はとても小綺麗である。
いつものように土に塗れたボロボロのシャツでもないし、後ろに無造作に括られた日焼けした汚いヒヨコのような色の髪も、きちんと櫛が入れられて艶めいている。
年には似つかない無精髭も今日はつるりと剃られていて、やっと良家の子息と呼べるものになっていた。それに、いつもかけている変な眼鏡もどこかに置いてきたようだ。
しかしその裏にいる、数多の使用人たちの苦労を思うと少しだけ気の毒になった。どれだけの時間をかけてこの男を捕まえて服を引っぺがして髪を整えてやったのだろう。きっとメイド頭のマーシャの腕には幾つもの切り傷が、酷い戦場を潜り抜けた猛者の如く残っているのだろう。

天蓋のついたベッドに二人で腰掛けて、一つだけついた蝋燭の灯りは、ゆらゆらと彼の横顔を照らしている。
……存外、精悍な顔をしている。そう思ってしまうのは、私も彼に絆されかけてきているからか。
つと、目が合うと彼の瞳の中にしっかりと私が映っている。
その瞳がゆらゆらと優しく揺れて、ほんのり心が温かくなった。
出会った頃は、人を知らない野生動物のように私に牙を向けてきていたけれど、こうして私を見つめる瞳はやっと人のそれになった気がする。

「クロエーー貴様のことは、嫌いじゃない」
「ええ、旦那様。知ってますわ」
「そ、そうか!知っていたか、…… 知っているだろうな、貴様は俺の妻だからな!」
そう言って嬉しそうに笑う。
ようやく手懐けた目の前の野生の犬が、尻尾を振った瞬間だった。

さてーー。
これから、始まるのだ。
きっと一生忘れることのない、長く、熱く、甘い私たちの最初の夜がーー。
「クロエ……」
「……ウィル…」
呼び方を、いつものように愛称に変えると彼は満足げに笑んだ。
この人は、どんな風に私を抱くのだろう。
きっと貪るように、欲望を堪え切れない猿のように私をめちゃくちゃにするんだわ。
そっと彼の手が私に触れーー
「貴様と一緒に寝られるなんて幸せだな」
そんな今まで聞いたことのないくらい甘い声が私を満たす。
「私も幸せよ、ウィル……」
そう答えると、彼は私の頭をポンポンと撫でた。

「よし、それじゃあ」
バッと毛布を持ち上げると、ウィリアムは目にも留まらぬ速さでベッドの中に潜り込んだ。
え、と私は目を瞬かせる。
あまりに速く彼が布団に潜り込んだことで起きた風が蝋燭の火を消してしまったのだ。
真っ暗な部屋の中で呆然としていると、ウィルは明るい声で言った。
「貴様も早く寝ろ、クロエ。もう俺の妻なんだからな、隣でちゃんと寝ろよなっ」
その次の瞬間に聞こえてきた、すうすうという寝息に、私は声を失った。

「………え、あの、しょ……初夜は?」

呆然とした自分の声が、真っ暗な部屋に落ちていった。

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