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新しいメイド(仮)
しおりを挟む「お嬢様、侯爵家の方にお伺いしてどこかに休める場所がないか聞いて来ますね」
余計なことは何も言わずに微笑んでくれる侍女のマリアの思慮深さに救われる。いまここで彼女に同情の眼差しを向けられたなら、「ん??やっぱりあれが私の婚約者なのかな?」と鬱になってしまうところだった。まだ希望は捨てたくないのがオトメゴコロってやつなのだ。ちょっと違う気もするけれど。
「じゃあ、お願いね」
そう声をかけると、マリアは一礼してパタパタと駆けていく。華奢な彼女の後ろ姿を見送った後、そっと戸口から離れた。応接室の中からは、侯爵の咽び泣く声が聞こえて来るが、インテリおじさんのあんな可哀想な泣き声は正直これ以上聞いてられそうになかった。
廊下の床に目を落とすと、転々と続いている泥の跡。どう考えてもさっきの男のものであるそれを目線だけで辿っていくと、なんとも不自然な場所で無くなっていることに気付いた。
「ちょうどバルコニーに出る場所で無くなってるけど……」
バルコニーに、ヤツはいるのだろうか。……気になる。
マリアはまだ戻って来そうにないので、恐る恐る足跡が途切れている場所に近づいてみる。
なんの物音も話し声も聞こえないため、思い切ってバルコニーに出るてみるもヤツの姿は無かった。けれど代わりに、まるで飛び降りました、と言わんばかりのところで足跡が無くなっていた。
……もしかして本当に飛び降りたのだろうか。下を覗き込んで死体なんかあったらちょっと立ち直れないかも。
ジリジリとバルコニーの手すりに近付き、勇気を出して覗き込んだ先にはただ穏やかに庭が広がっているだけで、ようやくホッと息を吐いた。
でもそしたら、ヤツはどこに行ったんだろう。
「……おい」
「ひゃああっ!?」
え、なに!?どこから声がしたのっ!
きょろきょろと周りを見渡すもどこにも人がいないので恐ろしくなる。空耳だろうか。それともこんなサンサンとお日様が照ってる中、幽霊が出たのだろうか。
「ここだ、ここ」
「……え」
真下。正確にはバルコニーの下に張り付くようにヤツはいた。
バルコニーの手すりを支える柱の間から覗くようにしてこちらを見つめていた瓶底眼鏡に、悲鳴をあげることも忘れてドン引きした。
さっきの泥棒(仮)だ。
一歩、また一歩と後退しながら、私は何を血迷ったかヤツに話しかけてしまった。
「……何を、なさってるのですか」
というか、どうやってそこに張り付いているのですか。
そういう意味を込めてじっと瓶底眼鏡を見つめる。するとヤツは私の質問を鼻で笑った。……生まれてこのかた、鼻で笑われたことがなかったので雷に打たれたような衝撃が走った。
「見て分からんか、女よ。
俺はいま侍女頭のマーシャから逃げているのだ」
マーシャが誰かは分からなかったけれど、先ほどの廊下での雄叫びのような会話を聞いてしまった私としては何と無く想像がつく。
きっとこの男に向かって、死んでも離しませんからぁ~とか叫んでたその人こそマーシャさんではなかろうか。
……残念である。状況から察するに、マーシャさんはこの男を既に離してしまっているので、儚く散ったのだろうと推察する。
「女、近くにマーシャがいるか見てくれないか」
そう言われて、なんで私がこの男の言うことを聞くはめになっているのだろう…と不思議に思いながら、結局素直に頷いて廊下を覗く。
まだマリアは帰って来ていないし、そのマーシャさんとやらもどこにもいない。
「誰もいないですよ」
「そうか、助かっ…」
「坊ちゃまーー!!あんたそんなとこに張り付いてたんですかーー!」
きぃん、と辺りに響く金切り声が庭の方から聞こえた。と、同時に、バルコニーに張り付いていたその男はよじよじと手すりを登って、わたしの目の前に降り立った。
「くそっ、見つかった」
忌々しげに舌打ちをした男は、私の方を一度しげしげと見つめた後に、新しいメイドか、と呟いた。
「偵察ご苦労。助かったぞ、同士よ」
「ど、同士……?」
「さらばだ!」
すたこらさっさと軽快に廊下へ消えていく男の後ろ姿を見ながら、あれが「坊ちゃん」と呼ばれることに違和感しか感じなかった。次いでマリアが「きゃああっ」と悲鳴を上げたのが聞こえて、ちょうど「坊ちゃん」に鉢合わせてしまったのだと苦笑した。
というか、さっき応接室に私が居たことすらまったく記憶にないんだなあ、アイツは。
「新しいメイドじゃなくて、私、たぶん貴方の婚約者ですよ……」
もう居なくなった背中に、一応訂正しておいた。
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