私の夫は変わっている

榎南わか

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そして私は彼の婚約者(仮)となる1

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どうやら私の婚約者さまは、「急に止むに止まれぬ事情で」姿を消してしまったらしい。

1日でそんなに服をボロボロにできるんだ…と、ある種の尊敬の念すら抱いてしまうほどの姿で現れた侍女頭であるマーシャはそう言って頭を下げた。私は、良くってよと微笑む。

というかそれ以外に彼女にかける言葉が見つからなかったのだ。自分の母親よりも年上の彼女が、館中を駆けずり回っていたことは想像に難くない。

ついでに彼女の頰についた謎の煤をハンカチで拭ってやると、マーシャは途端に泣き崩れた。がくんと膝をついて、まるで神様か何かを見るような涙に濡れた瞳を向けて、わなわなと唇を震わせそして言うのだ。

「……旦那様、もう、やめましょう。所詮、無理な願いだったのです。
 これ以上犠牲者を出してはなりません。
 私はこんなにも慈悲深くお優しい方を今まで見たことがありませんわ。こんな素敵なご令嬢をあの雑草馬鹿に嫁がせるなんて、旦那様は悪魔か何かですの?」

え、自分ところの坊っちゃまに対してそんな言う?と密かに恐怖を覚えながら、私はマーシャが声をかけた相手である侯爵を見遣る。

キッチリとキマっていたロマンスグレーはすでにしなしなと萎れており、ぎろりと私の父に睨まれながら侯爵はさめざめと泣いていた。
ちなみにこの修羅場は私が別室でゆっくり時間をかけてお茶を頂いてゆっくりゆっくり豪奢な廊下を歩いて戻ってきてもまだ続いていた。

ちーん、とハンカチで鼻をかんで、侯爵は項垂れたまま私に頭を下げた。

「……騙すようなことをして、本当に申し訳なかったね、クロエ嬢。
 あの通り、私の末息子は少々貴族の子供としては難があってね。もう18になるというのに、社交界にも顔を出さずに家で土ばかり弄っている。
 これでは駄目だと、 とにかく片っ端から結婚してくれそうな良家のお嬢さんを探して探して、優しく聡明だと噂の君に白羽の矢を立てたんだ。
 ……それに社交界にデビューして間がない君なら、あの子の噂も耳に入っていないだろうと思ってね」

確かにこの前デビューしたばかりの私は、まだ世間に疎い。
保護者である母も、身体が弱くあまり社交に積極的ではないため、社交界の噂などからは程遠いのだ。

こうしてまんまと、我がヴォスボアール子爵家一同、侯爵家という肩書きに踊らされてしまったのだ。まさか相手が、夫として欠陥品であるなどとは露ほども思わずに。

「……申し訳ないが、婚約は無かったことにさせて頂きたいですな。
 クロエは我がヴォスボアール子爵家の長女として大切に育ててきたのです。それを社交もまともに出来ない方と結婚でもさせたら、この子の人生はどうなる。私は、この子には幸せになってもらいたいのですよ」

言いながら、嫁がせることを想像して辛くなってきたらしい父は、テカテカと脂汗が滲んで鈍く光るその頭のてっぺんを何度か撫で付けながら涙ながらに訴え始める。

悲しくなったり、極度に嬉しくなったりすると出てくるその癖のせいで、ハゲが加速していることは子爵家では周知の事実なのだが、誰も突っ込めないのはその癖が出ているときはだいたい切羽詰まって子爵が泣いているからだ。

ちなみにわりかし些細なことでも(例えば伯父の家の愛犬ミディが無事出産したとか)すぐ泣くので、皆生暖かく見守っている。
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