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しおりを挟む瑠璃彩side
知らない天井だ――。
目を開けた瞬間、まずそう思った。
白い。
けれど病室の白ではなく、柔らかい乳白色の天蓋。金糸で縁取られ、静かに垂れている。
(……どこ)
身体を起こそうとして、ふと気づく。
ベッドが大きい。
天井が高い。
呼吸をするたび、かすかに香る花の匂い。
森の奥みたいな、少し甘くて落ち着く香り。
「……夢?」
呟いた声は、ちゃんと響いた。
次の瞬間。
コン、コン。
控えめなノック音。
「お目覚めでしょうか?失礼いたします」
扉が開き、入ってきたのはメイド服の女性だった。
確か、セラだ。、
「おはようございます、聖女様」
――聖女。
その言葉に、胸がきゅっと縮む。
そう言って、セラは深く一礼した。
(……夢じゃない)
昨日――いや、時間の感覚があいまいだけど。
光に包まれて、祭壇に立って、神の声を聞いて。
『我が娘』
そう呼ばれた。
現実だ。
「ご体調はいかがですか?」
「……大丈夫、です」
そう答えると、セラはほっとしたように微笑んだ。
「では、王太子殿下がお待ちです。本日より王宮でのご生活について、ご説明があると」
王太子。
頭の中で、金髪碧眼の青年の姿が浮かぶ。
(……あの人)
「身支度をお手伝いしますね」
セラの合図で、別のメイドたちが静かに入ってくる。
柔らかな布。
薄い下着。
その上から、淡い白と水色を基調にしたドレス。
重くない。
けれど、確かに“特別な服”だった。
「……これ」
「聖女様に相応しい正装でございます」
鏡に映る自分は、見慣れない。
腰まで伸びた黒髪。
その中に、ひと束だけ混じるプラチナブロンド。
(……私、だよね)
現実感が、まだ追いつかない。
――――――――――
王太子の執務室は、静かだった。
重厚な扉。
磨かれた床。
窓から差し込む朝の光。
「おはようございます、ルリイ様」
先に立っていた青年が、穏やかに微笑む。
「よく眠れましたか?」
「……はい」
リディム様,,,
この国の王太子。
「昨日は、あまりにも急でしたからね」
彼は椅子を勧めながら、ゆっくり話し始めた。
「今我が国は1000年前に初代皇帝様が聖女様と一緒に封印したとされる魔王が解き放たれようとしています。」
「また、その影響で魔障沼という魔物を生み出す沼が国全体に発生してます。聖女様には魔物や魔障沼をも浄化できる力があると伝承されています。」
「ぜひ力を貸していただきたい。」
(……私にできるかな、
……たくさんの人の前で歌うとは慣れてるけど、それは私の歌を認めてくれた人たち、
この世界は、私を、受け入れてくれるのだろうか、)
俯いてそう思っていると、
「無理に、理解しなくて大丈夫です」
王太子様は優しい眼差しで笑っていた。
「そのようなことしなくてもルリイ様はただ、平和に過ごして頂いても構いません、 。これは私たちの国の事情、ルリイ様に危険な立ち回りは私はさせたくないです。」
「しかし王太子としては、先程のようなことをお願いしなければならないのですけどね?」
王太子様はお茶目な顔をして、人差し指を口元に持っていき笑っていた
「しばらくは王宮で過ごしていただきます。衣食住はすべてこちらで用意します」
「護衛も付きます」
「……護衛」
「はい。現在調整中ですが、それまでは――」
扉の脇に控えていた人物に視線を向けた。
赤のグラデーションがかかった髪。
凛とした立ち姿。
「エルド・シュノワールが、あなたの護衛を務めます」
エルドは一歩前に出て、軽く頭を下げた。
そして、、
「よろしく、ルリ」
と、眩しいほどの笑顔で笑っていた。
呼び捨てされたはずなのに、、
でも、嫌な感じはしなかった。
「強い人です」
リディムは、はっきり言った。
「騎士団所属ではありませんが、私の側近でもあります」
「……はい」
説明を終えると、リディムは立ち上がった。
「私が案内したかったのですけど、これから公務があって、」
「後ほど、またお会いしましょう」
「それまで、エルドに王宮を案内させますね」
案内されながら廊下を歩く途中。
ふと、遠くから響く音が聞こえた。
――金属音。
――人の声。
(……なに)
その瞬間、空気が変わった。
「……騎士団だ」
エルドが、低く言った。
「帰還した」
曲がり角の先。
担架。
血に染まった布。
支えられて歩く騎士たち。
第2騎士団。
魔瘴沼討伐からの帰還だった。
「……っ」
足が、止まる。
誰かが気づいた。
「聖女様だ」
視線が集まる。
「聖女様なら……」
「歌えば……」
言葉が、重なっていく。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(……)
何も考えられない。
ただ、音が消える。
エルドが前に出た。
「やめろ」
一言。
「今は治療が先だ」
「ルリ」
振り返る。
「ここで少し待っていてくれ」
「殿下に、報告してくる」
確認する目。
瑠璃彩は、うなずいた。
――――――――――
その間に、治療は進んだ。
ポーション。
魔術。
助かる命。
でも。
「……結局、助けてくれなかった」
「聖女様なのに」
ささやきが、刺さる。
部屋に戻ろうとした、そのとき。
「――君が、聖女か」
低い声。
振り向くと、知らない男が立っていた。
水色がかった銀髪。
冷たい青の瞳。
「名を名乗ろう」
一歩、近づく。
「俺はゼノベルト・シュバルツ」
「この国の公爵であり、王国騎士団総団長だ」
氷のような魔力が、かすかに漂う。
「……」
瑠璃彩は、何も言えない。
「なぜ、魔法を使わなかった」
問い。
逃げ道がない。
「聖女なら、救えた」
「力は、あったはずだ」
言葉が、重なる。
喉が、動かない。
「答えられないのか?」
追い詰める。
「それとも、答えたくない?」
「……っ」
何も、出てこない。
そのとき。
「――そこまでだ」
声が割り込んだ。
エルドだ。
「総団長」
「彼女は、今その問いに答える必要はない」
「神は、守れと言った」
「使えとは、命じていない」
沈黙。
ゼノは、しばらく瑠璃彩を見つめてから、踵を返した。
「……覚えておけ」
「戦場は待ってくれない」
去っていく背中。
エルドは、深く息を吐いた。
「……ごめんな、ルリ」
「ひとりで待たせるんじゃなかった」
「俺の判断ミスだ」
瑠璃彩は、何も言えず、ただ俯いた。
何がアイドルだ、
好きだったはずの歌が、
まだ、遠かった。
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