異世界転移でアイドルから聖女に~歌声が奇跡をもたらすようです~

snow

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3(王太子side)

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王太子side


神託があったと知らされたのは、日が傾き始めた頃だった。

執務室に差し込む光が、書類の端を赤く染めていた時刻。
扉の外が慌ただしくなり、次いで控えの騎士が顔を出す。

「王太子殿下。大聖堂より、高位神官がお越しです」

その言葉だけで、胸の奥が静かにざわめいた。

大聖堂から、しかも高位神官が直接。
ろくな用件であるはずがない。

通された神官は、部屋に入るなり深く跪き、額が床につくほど頭を下げた。







「殿下」





声が、わずかに震えている。




「本日、夕刻。神よりお告げがございました」









「“聖女を、この国へ託す”との神託にございます」








聖女。

その単語が、空気を重くした。









「時刻は、夜明け前」

「場所は、大聖堂」

「王族より一名、神の前に立つ者を求められております」










「……そして」









神官は一度、息を整えた。



















「聖女は、話すことが苦手で怯えている状態で現れると」














一瞬、言葉を失った。













怯えた、聖女。
















それはあまりにも、噛み合わない。

「分かった」

そう答えた声は、思ったより静かだった。

「私が行く」

神官の肩が、ほっとしたように落ちる。

部屋の隅で腕を組んでいたエルドが、小さく息を吐いた。

「やっぱりな」

「嫌な予感しかしねぇけど」

「同感だ」

それでも、避けるわけにはいかない。










──────────────────

夜明け前の大聖堂。




祈りと沈黙が重なり、
世界そのものが、息を潜めているようだった。





石造りの天井。
揺れる灯火。
足音ひとつ立てる者もいない。

その静寂を、破るように――












光が、降りた。














その光の中から高い祭壇の上に現れたのは、




















“聖女”と呼ぶには、
あまりにも華奢な少女だった。
























華奢な身体。
揺れる肩。
足元を見つめたまま、身動きが取れずにいる。

(……高い)

そう思ったのは、俺だけじゃないはずだ。
だが誰も、声を出さない。

そして、神の声が教会を満たした。


















『ここに降り立つは、聖女である我が娘』

――娘。

その呼び方に、胸の奥が静かに震えた。













『名を、瑠璃彩』





『この者は、世界を繋ぐ声を持つ』






『その存在そのものが、神意である』

称号ではない。
使命の宣告でもない。

存在そのものを、肯定する言葉だった。

そして、最後に。







『人よ、敬え』
  





『王よ、頭を垂れよ』







『この者は、汝らの上位に立つ』






……違う。





これは、序列を示すための言葉じゃない。

俺は、その瞬間、はっきりと理解した。

これは――
彼女に、触れるなという宣言だ。

神は、先に世界へ告げたのだ。

「この子は、守るべき存在だ」と。

光が、消える。

残されたのは、
祭壇の上に取り残された少女だけだった。

誰も、動かない。

敬意と畏怖が、
逆に人を縛りつけている。

だが。

(……だからこそ)

神が、先に線を引いた。

なら、
人がやるべきことは決まっている。

“崇める”ことじゃない。
“立たせる”ことでもない。

――降ろすことだ。

怖さから。

孤独から。

俺は、祭壇に向かって足を進めた。





──────────────────








馬車の中でも、彼女は緊張していた。

背筋を伸ばし、
指を絡め、
怒られるのを待つような顔。

「なぁ」

エルドが、わざと軽い声で言う。

「そんな顔してたら、神様も心配するぞ」

俯いていた少女が、少しだけ顔を上げる。

「俺はエルド・シュノワール」

「この堅物王太子の幼なじみで、聖女様の味方だ」

「分かんねぇことは分かんねぇでいい」

「怖いなら、怖がっていい」

「なんかあったら俺に言え!こいつは立場的に難しい時もあるけど俺は自由だからな!」

それは、王宮では許されない言葉だ。





だが――
今の彼女には、それが必要だった。








「大丈夫だ」 

俺も、静かに続ける。

「ここでは、誰も君を急かさない」

それは約束だった。




──────────────────


王宮での謁見は、短く済んだ。

王も王妃も、
彼女に言葉を求めなかった。

ただ、守ると告げただけだ。

部屋に案内され、
柔らかなベッドに腰を下ろした彼女は、
ようやく力を抜いた。

扉の前で、振り返る。

「……今日は、もう休んでいい」

少女は、小さく頷いた。

眠りに落ちるまで、
誰も急かさなかった。

扉を閉めながら、思う。

神は、彼女を選んだのではない。

――見捨てなかったのだ。

震えるままの姿で、
人の世界に降りてきた娘を。

だから、俺も。

理由などいらない。

ただ、守ろうと思った。



































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