「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

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第52話 第二部  22・パウエル対カールルイス

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走り高跳び決勝は山野紗季が1m58㎝で二位、川相智子が同記録で三位だった。山野紗季は川相智子に二回続けて負けることはなかったが、彼女の力が本物だったと再び強く意識することになった。川相智子は自分が全道大会の三位であることに驚きながらも、まだ自分の跳躍が安定したものではないと知ることになった。優勝したのは1m61cmを跳んだ旭川志文高校の髙橋陽葵という二年生だった。三回目の試技でただ一人1m61cmの高さをクリアーした彼女はこの大会で自己記録を12㎝も更新した。三人での優勝争いはほんの少しのタイミングと勢いの差で、見ている側にとってはとても見ごたえのある争いだった。

それにしても沼田先生がいつか言っていたように、この二人が優勝を争う日がこんなに早くやってくるとは誰もの予想を超えることだった。

川相祥子と武部裕也は菊池美咲と一緒に走り高跳びを観戦した。成功するごとに大声を上げる川相祥子はスタンドのほかの観客を全く気にしていない。激しい音とともにモータードライブ付きカメラのシャッターを切る武部もこの日のスタンドでは注目の一人だった。クリアーする毎に立ち上がって「ナーイス!」「良いよー!」と大声で叫ぶミニスカセーラー服の女の子の横で、取りつかれたように鋭い機械音のシャッターを押し続けるあぶない男の子。この組み合わせに圧倒されていた他校の生徒や観客の視線を感じながら、菊池美咲は南ヶ丘の二人の跳躍に見入っていた。

「おんなじ記録なのになんで三位なの?」
唇を少しとんがらせてほっぺたに力が入った川相祥子に菊池美咲がゆっくりと話して聞かせている。
「高跳びはね、失敗が少ない方が上。あと、試技数が少ないのも関係してくるんだよ。58を1回目にクリアーしたの山野さんの方だから。川相さんは3回目だったからね。でもよく3回目に成功させたよ。3回目でクリアーするのはなかなか難しいんだよねー。それとね、あの三人の中で一番体が浮いていたのは川相さんだよ。まだまだ伸びそうな気がするなー」

「あれ、菊池さんはナナシュなのに高跳びもするんですか?」
「うん、七種競技だからね、七種目やるんだよ……」
「ああ、そういうことか! 七種目でその中に高跳びが入ってるんだ!」
「そうそう。そういうこと」
「すごいわー、やっぱスーパーじゃないですか! 菊池さんはどのくらいなんですか高跳び?」
「ベストは1m65㎝なんだけど、いつも跳べるわけじゃないからね。高跳びはその時の状態でずいぶん変わる競技なんだよね」
「さすが……、もう、さすが全国三位なんだー」
「いや、全国的にはまだまだなんだよ。でもね、あの二人はまだ一年生だからね。山野さんの助走スピードは素晴らしいし、川相さんはねジャンプ力がすごいみたい。踏切で真上にジャンプできるもんね。あれはなかなかできないんだよ。もっともっと跳べるようになるよ」
「タケベ―!ちゃんと撮れてる? 後でデータコピーしてね!智子に見せてあげなきゃ」
「当然! バッチリ撮ってるって!」

「ほんとあなた達っていいカップルだね!」
「いやー、違いますって!この人はうちの姉が好きなんですよ……」
そう言った川相祥子はさらに小さな声で付け加えて言った。
「……でもね、智子はノダケンの方が好きなのかもしれないんです。タケベのことはあんまり言わないのに、いっつもノダケンの話ばっかりなんですよー……」
大口径の望遠レンズを丁寧にバッグにしまっていた武部が振り向いて何か言いたそうな顔をしたが、菊池美咲の「えー、そうなのー!」という驚きの声に負けてしまった。
「……そうなのー。良いね。野田君も楽しい高校生活みたいだねー。そっかー……」
菊池美咲は「野田に見せるから写真撮りましょうよ」という武部の誘いを断って、「余計な気を遣わせたくないからね」とにこやかに言った。そのあともう列車の時間があるから帰ることを伝え「明日は来れないので幅跳びの応援してあげてね」と本当にうれしそうな笑顔を見せて競技場を後にした。

「なんか……似てるよねー、ノダケンに。話し方もさー、お姉さんって感じだよねー」
「スーパーな三人のお姉さんたちだろ!」
「もう凄すぎですよー。ノダケン、やっぱモテるんだー。書道部でも話題の人になっちゃったからねー!」
「そうなの?北園まで飛び火しちゃったか!ヤバイなー」
「だって、あの線の太さがねー、全然違うっしょ、タケベと!」


全道新人戦二日目。
走り幅跳びの決勝が行われた。
札幌市大会の前、沼田先生に1991年東京世界陸上のマイクパウエルとカールルイスの幅跳び対決の映像を何度も見せられた。沼田先生は見せるだけで自分では何も教えようとはしない。ただ一つ「この二人の対照的な跳び方だ」とヒントらしきものをくれただけ。この映像から何かをつかめということなんだろうけど、何でもっと説明してくれないのかが野田賢治にはよくわからなかった。
 まあいつものことなのでとにかくこの「歴史的な名勝負」と言われる映像を繰り返し見続けた。1991年当時9秒86という100mの世界記録を出したばかりのカールルイスの走り方はスムーズできれいだった。パウエルもかなりのスピードだが腿を高く上げ上からたたきつけるような助走をしていた。カールルイスの頭の高さが変わらない上下動の少ない助走とは対照的だった。カールルイスはそのスムーズな走りから踏み切ったことを感じさせない跳躍で、そのまま空中を三歩半歩いて着地する。この一連の流れが実にスムーズに行われる。対してパウエルの方は力強い助走の最後にかなり深く沈み込み、強く踏み切り板を叩きつけてずいぶんと高く跳び出している。映像解析の説明ではパウエルの重心は1m91㎝、ルイスの方は1m38㎝くらいだという。結果はパウエルが8m95㎝の世界記録で優勝するのだが、ルイスの方が安定感は抜群で一度もファールなしで8m80㎝以上を三度も記録している。

 沼田先生が教えようとしているのは自分に合う跳び方の形ということかもしれない。僕の跳び方はたぶんパウエルに近いはずだが、この両者の良いところを真似しろということなのか。目から入った映像は自分の動きに影響を与えてくれた。踏切前の沈み込み、着地動作の作り方、そして助走マークの設置の仕方。跳び方以上に、二人とも助走途中に置いたマークにきっちり合わせて走っている。それが全力で踏み切るための前提であるようだ。
 目的をもってポイントを意識した練習は意欲を高め効果の出方もわかりやすい。札幌市の大会では助走を意識した練習の成果が現れ6m65㎝で二位に入った。昨日の予選でも6m58㎝を跳んで通過記録を突破できている。今日も思い切った全力の跳躍ができるはずだ。

 決勝の一本目で札幌大会の優勝者、北翔高校の二年生が6m66㎝を跳んだ。一本目からしっかりと記録を残すのは強さのしるし。他の選手にしっかりプレッシャーをかけている。5人目に跳んだ白老の二年生はスピード豊かな助走から空中を駆け抜けるような跳躍で6m69㎝という記録を出した。この跳び方はカールルイスタイプだ。その前の選手も6m61㎝を跳んでいるのでこのくらいの記録が上位争いには必須のようだ。

 僕の跳び方はパウエルのように高く跳びあがる。だが、助走を練習することで踏切のスムーズさが加わって踏切が素早い動作で完了できるようになってきた。一本目。中間マークをしっかり踏むことを意識した。そこがしっかりクリアーできれば力強く踏み切れるはずだ。力みを抑えて走ってもスピードは上がっていることが感じられた。踏み切り板を意識することなく駆け抜けるようなつもりで踏み切った。それでも他の選手よりかなり高い跳躍になった。空中で脚を二回漕いで着地の姿勢のタイミングもうまく取れた。踵が砂に触れると同時に両腕を振り込み砂場の外へととびだすように立ち上がった。白旗が上がり、少ししてから掲示板に6m89㎝の表示が現れた。歓声が上がった。他の選手たちの顔が険しくなった。
 3回目までが終わりベスト8のトップで後半に進めることになった。一年生に負けられないと思ったのか他の選手たちの力みが感じられた。一発逆転を狙った跳躍がファールの跳躍を多くした。自分自身もなかなか一本目を越えることができなかったが、6m70㎝台を二回記録しセカンドベストでも他の選手を上回っている。5回目の跳躍で白老の選手が6m87㎝の跳躍を見せ、それに刺激されるように他の選手も記録が伸びだした。6m70㎝~80㎝の記録が一気に増えだした。最後の6回目を前にかなりの接戦状態になった。ほんのちょっとした違いで一気に逆転があり得るのが幅跳びの特徴だ。

 最終跳躍者である僕は5回目を最後の跳躍だと思って臨んだ。腕の振りを大きくしてスタートを切った。助走スピードが上り足の回転がスムーズになったのを感じた。途中のマークを意識しすぎることなく踏切よりも遠くに視線をおいて走り切った。踏み切り板に足を叩きつけるのではなく伸ばした踏切足で押し付けて方向を変えるようなジャンプになった。意識してそうしたのではなく視線が踏み切り板の先にあったことがその形を作ったようだった。空中に出てからも助走を続けるように素早く二回脚を漕いだ後に、弓型にそらした上体を戻すまでに少し間を取って着地のタイミングを遅らせた。
勢いよく前に投げ出された両脚がしっかり伸びた形で砂場に突き刺さり、その勢いを膝で吸収した。曲がった膝の反動を使ってしっかりと立ち上がることができた。
「これはいった!」初めてそう思えた跳躍だった。

掲示板に7m12㎝という表示が現れ、観客が大いに沸いた。南ヶ丘の生徒達から大声援が送られた。他の選手たちは大きなショックを受けていた。この記録はもう破られなかった。

この結果に一番驚いていたのは南ヶ丘の選手たち以上に沼田先生だったかもしれない。
「大迫より行くかもしれない」
野田賢治を初めて見た時に、その脚の筋肉の付き方からそんな言い方をした。でもそれは三年間を見据えたうえでのことだったのだ。こんなに早くその結果が出るなんて誰も想像していなかったのだが、あいつはやってしまった。その驚きは突然出てしまった良い記録ということよりも、持っている力を測りきれない一種の恐怖に似た感覚だった。そして、沼田恭一郎はこれからのことをまた考え始めていた。

第二部 完
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